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ボルトWEEK 400リレー世界新/陸上

<ロンドン五輪:陸上>◇11日(日本時間12日)◇男子400メートルリレー決勝

 陸上短距離界のスーパースター、ウサイン・ボルト(25)が、また金字塔を打ち立てた。ジャマイカのアンカーとして登場、昨年の世界選手権の記録を0秒20も上回る36秒84の世界記録を樹立した。トラック種目で2大会連続3冠の計6冠。カール・ルイスの5冠を上回り「人類史上最速の男」の称号を実証した。4年後のリオでは400メートルへの進出も視野に、前人未到の3連覇、そして超人伝説の完結に挑む。

 パフォーマンスはなかった。アンカーでバトンを受けたボルトは獣になった。196センチの長身を生かした長いストライドで加速。8万人で埋め尽くされた会場は、大歓声に包まれる。米国ベイリーも必死で追走するが、差は開く一方だ。ゴールラインを全力で駆け抜けた。掲示された記録は36秒84。会場は興奮のるつぼと化した。前人未到の領域だった36秒台は、ボルトによって初めて開拓された。

 ボルト ようやくゴールに到達した。何と素晴らしい気分だろう。昨年の世界選手権もそうだったが、オレにとって、素晴らしい週の素晴らしい結末だ。ジャマイカには素晴らしい男たちが集まってるんだ。だからオレは、世界記録は出せると思っていた。

 第1走者のカーターは100メートルを9秒78、続くフラーターも9秒88の自己記録を持つ。五輪の決勝を走れるレベルにありながら、国内選考会で3位までに入れなかった。しかも元世界記録保持者のパウエルは故障で離脱。そんな中で世界記録を打ち立てた。第3走者を務めた22歳のブレークは「ボルトの存在は1人1人を刺激してくれる。本当に大きいよ」。スプリント王国の強さとは、超人ボルトの影響力そのものだった。

 今季は故障に苦しんだ。先天的に背骨がS字に曲がる「脊椎側湾症(そくわんしょう)」。腰痛から右ハムストリングスを痛めた。6月ジャマイカ選手権ではブレークに敗れ、五輪は不安視された。だが、フタを開ければボルトはボルト。100メートルで大会連覇を飾り、その夜はスウェーデンの女子ハンドボール選手たちと「合コン」を楽しんだ。200メートルを制した直後には、敵対関係にあるルイス氏を「全く尊敬していない」と挑発。世界の耳目を集める男は、どこまでも自由奔放だった。

 ゴール後は、競技役員に黄色のバトンを持って帰りたいと直訴した。1度は拒まれたが、40分後に手元に戻ってきた。ボルトはお礼のお辞儀で受け取ると、うれしそうに笑いながら幸運のバトンにキス。それからチームメートにサインをしてもらった。「今回はこれで目的は達した。だから今夜は、ロンドンの街に繰り出してお祝いだ」。

 30歳の年に迎える16年リオ五輪。3連覇を問われると「厳しいのは分かっている。ブレークもいるし、また若い連中がやってくるだろう。でも4年後は何が起こるか分からないさ」と不敵に笑う。もう100メートル、200メートルだけの選手じゃない。以前から温めている400メートルへの挑戦に意欲を示す。さらには1600メートルリレーの可能性だってある。超人伝説の終わりなき旅が、また始まった。【佐藤隆志】

 ◆ウサイン・ボルト 1986年8月21日、ジャマイカ・トレロニー生まれ。少年時代はサッカーやクリケットに打ち込み、13歳で陸上を始める。02年世界ジュニア選手権を史上最年少の15歳で優勝。04年には17歳で19秒93のジュニア世界新をマーク。07年の大阪世界選手権200メートルで2位となり、100メートルに本格参戦。08年の北京五輪でリレーを含めて短距離3冠。09年8月の世界選手権では100メートルを9秒58、200メートルを19秒19の世界新で優勝。趣味はテニス観戦、サッカー。マンチェスターUの大ファン。196センチ、86キロ。

 [2012年8月13日8時5分 紙面から]



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