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コラム Nikkan Olympic Column
敗者の美学 五輪コラム 敗者の美学

 勝者がいれば、必ず敗者がいる。「敗者の美学」では日本人選手はもちろん、海外の選手も含めた「敗者」の人間ドラマをクローズアップ。記者が思い入れたっぷりに語ります。

小西の集中生んだ1発35円/射撃

<小西ゆかり:射撃女子25メートルピストル>

 射撃代表の小西ゆかり(33=飛鳥交通)は「残念」と肩を落とすしかなかった。女子25メートルピストル予選に臨んだが、精密射撃が始まると震えが止まらなくなった。アテネ五輪と同じ…。失点が続き、282点の37位と出遅れた。得意の速射は首位通過の韓国選手と1点差の292点だったが、挽回届かずに結果は31位。3日前のエアピストルと同じ順位で、8年ぶり2回目の五輪が終わった。

 「新しい家に、新しい車に、携帯電話まで新しくしたんです! 本当に新しく自分を始める感じです」。1月、小西は声を弾ませていた。北京五輪出場を逃してから、心身共に平穏な日々を送ってきたとは言い難かった。五輪年に再出発を誓うための行動だった。

 09年2月、同僚の自衛官と結婚。高校卒業後に入隊し、射撃選手の礎を築いてくれた自衛隊を除隊。だが、競技を続けることを望む小西に対し、家庭に専念することを求める夫。心の距離は離れ、悩んだ末、昨年暮れに離婚の決断をした。「独身に戻って、名前も『小西』に戻しました」。

 生活費を稼ぐため、近所のラーメン店のアルバイトに応募した。時給850円。自衛隊時代は好きなだけ撃てた弾は1発35円。撃てる数も限られ、貯金を切り崩しながらの生活だったが、「球数が撃てないからこそ、逆に1発に集中する。その効果は大きい」。決して後ろを向かず、笑みを絶やさずに競技を続けた。

 4月、日本オリンピック委員会のアスリート支援事業に4度参加し、タクシー会社に採用された。残り3カ月で、何とか環境が好転した。本番で結果を残せなかったが、「応援してくれる皆さんが一緒に撃っているかのように、近く感じた」という。だから、感謝のためにも先を見る。「まだ自分の力を出し切れていない。出し切って終わりたい」。激動の時を乗り越えてたどり着いた夢舞台への物語にも、まだ先がある。

 [2012年8月3日9時45分 紙面から]



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