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コラム Nikkan Olympic Column
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 荻島弘一編集員による日々の話題、トピックスなどを取り上げる社会派コラム。これまでの取材経験や過去の五輪取材などを絡め、批評や感じたことなどを鋭く切り込む。

3・11自衛隊選手の覚悟

 2011年3月11日、レスリングの湯元進一は、1人自衛隊朝霞駐屯地のプールでトレーニングをしていた。突然、水が左右に揺れた。「おかしい?」。しかし、体は動かない。何とかプールから上がって振り返ると、水かさは半分。大量の水があふれ出ていた。慌てて出た屋外に、想像もしない光景が広がっていた。「次から次へと隊員が緊急車両で飛び出していく。10分ぐらいで、誰もいなくなった。自衛隊って、すごいんだなと思いました」。

 取り残された湯元は、焦燥感に襲われた。「その日の夜に食事の約束をしていた同期も、被災地へ。自分は何してるんだ。こんな時に。何もできない自分が悔しかった。自衛官なのに、誰も助けられない…」。悩む湯元を救ったのは、教官の一言。「お前はオリンピックでメダルを取るのが仕事。救助や復旧活動と同じだ」。あの日のことは忘れない。「自衛隊の選手は、みな同じ。覚悟を持ってロンドン五輪で戦うと思います」。湯元は、所属12選手の気持ちを代弁した。

 ボクシングの清水が銅メダル以上を決めた。「チャンスはある。自衛隊から3人(ボクシングで)出る。誰かがメダルを」と話したのは5月に防衛省で行われた激励・見送り会の時だった。防衛大臣自らが自衛官を見送るのは、PKO派遣などの時。五輪では初めての「見送り」だった。選手たちの頑張りは、被災した人だけではなく、今も被災地で活動する同僚自衛官に勇気や元気を与える。

 「誰のために戦うか」はこれまで何度も議論になってきた。「国のため」「所属のため」「家族のため」「自分のため」。かつては「国のため」だったが、今は「自分のため」と考えるのが普通か。何が良くて、何が悪いではない。言えるのは、何かを背負って戦う選手は強いということだ。

 今大会は、これまで「マイナー」と言われてきた競技が好成績をあげている。重量挙げ、アーチェリー、フェンシング、バドミントン…。昨年W杯で優勝したなでしこジャパンは「女子にもサッカーがある」ことを知らしめたくて戦ってきた。「競技のため」も背負うものとしては大きい。

 湯元の男子フリー55キロ級は大会終盤の10日。清水の準決勝も10日だ。東日本大震災から1年5カ月、背負うものが大きいからこそ、彼らは燃えているはずだ。

 [2012年8月7日9時16分 紙面から]



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