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コラム Nikkan Olympic Column
秘技解剖~五輪メダル候補に迫る~ 五輪コラム

秘技解剖~五輪メダル候補に迫る~

 人とは違う「武器」が、メダル獲得への切り札になる。「五輪メダル候補に迫る 秘技解剖」では、選手の必殺技や秘密兵器を紹介していく。

金へ連続技!吉田の内股から古賀の背負い/柔道・海老沼匡

イラストは、内股から背負いへの連続変化技
イラストは、内股から背負いへの連続変化技

 古賀の背負い投げと吉田の内股-。柔道男子66キロ級の海老沼匡(22=パーク24)は、日本柔道を代表する2つの必殺技を融合させて金メダルを目指す。パーク24吉田秀彦監督(42)の代名詞だった内股から古賀稔彦氏(44)をまねて習得した背負い投げへの変化。海老沼の「内股背負い」が、92年バルセロナ五輪で日本中を感動させた講道学舎の大先輩に続いて世界を制する。【取材・構成 荻島弘一、今村健人】

 昨年の世界選手権、海老沼は背負い投げと内股で世界の頂点に立った。7試合のうち5試合を一本勝ち。うち4試合が一本背負いを含む背負い投げだった。決勝では背負いを警戒するクナ(ブラジル)から内股で一本。切れ味鋭い技を次々と繰り出し、2回目の挑戦で金メダルに輝いた。

 背負い投げは、古賀氏にあこがれて覚えた。何度も繰り返し練習し、得意技になった。内股は古賀氏と同じ講道学舎の先輩でもある吉田氏がモデル。2つの武器で五輪出場は果たしたが、金メダルのためには進化は止められない。「新しい技を覚える時間はないけれど、今の技を磨きたい」と本番に向けて話した。

 4月、吉田氏が監督を務めるパーク24に入った。吉田監督は「僕は技は教えてないし、教えない」と話した。海老沼も「技は教わるものではなく、盗むものだといわれました」と言う。しかし、盗むのは得意。ビデオを見るのが好きで、いろいろな選手の技を研究する。その努力で「技が切れる」スタイルができた。

 「背負いを生かすためにも、内股を磨きたい」と海老沼は話した。背負い投げを警戒する相手に内股は有効。逆に内股が封じられれば背負いが効く。単発の技が簡単にかかるほど世界は甘くない。相手をいかに崩し、そこに得意技をあてるか。複数の技を連続し、変化させることしか、勝利への道はない。選抜体重別決勝では、内股からの支えつり込み足でライバル森下に一本勝ちした。連続技の切れも、海老沼の武器だ。

 「吉田監督の内股はすごすぎて、とてもまねはできない。ただ、入り方とか崩し方は参考になる」と海老沼は言う。吉村和郎強化委員長は「海老沼は性格と同じで技もまじめ。吉田監督のいいかげんが加われば、技の幅も広がるよ」と話した。吉田監督の独特な「間」「遊び」が加われば、連続技の威力は倍増する。

 「内股背負い」が究極の必殺技だ。内股で相手のバランスを崩し、一気に飛び込んで「ふところの深い外国人に有効」(海老沼)な背負いで投げる。相手は防ぎようがない。「自分の組み手になれば、勝てない相手はいない」。海老沼は技に絶対の自信を持つ。

 柔道を始めた5歳の時、バルセロナ五輪のビデオを見て感動し「自分もあの舞台に立ちたいと思った」。古賀氏と吉田氏を追いかけて、12歳で講道学舎に入った。あと2カ月半、海老沼は偉大な先輩たちから盗んだ秘技を手にして、2人と同じ金メダルを目指す。

○喜び一瞬だけ…代表発表から一夜明けた海老沼の目は、すでにロンドンを見ていた。「早くビデオを見たい。悪いところをチェックしたい」。前夜こそ吉田監督の焼き肉で祝杯。「年に1、2回しか飲まない」という酒も「少しだけ」飲んだが、喜びに浸ったのは一瞬だけ。「まだまだやることはある。大会までに、もっと突き詰めてやらないと」と金メダルを目指し話していた。

 ◆海老沼匡(えびぬま・まさし)1990年(平2)2月15日、栃木県小山市生まれ。5歳から柔道を始める。古賀稔彦、吉田秀彦らを生んだ柔道私塾・講道学舎に入るために、小学校卒業後に上京。世田谷学園高-明大から今春パーク24へ入社。09年講道館杯では内柴正人を破って優勝。昨年世界選手権優勝。得意技は背負い投げ。家族は両親と兄2人。170センチ。

 [2012年7月3日15時6分]





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