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太田金星!残り1秒の奇跡/フェンシング

ドイツを破り決勝進出を決め、歓喜する日本チーム(AP)
ドイツを破り決勝進出を決め、歓喜する日本チーム(AP)

<ロンドン五輪:フェンシング>◇5日◇男子フルーレ団体準決勝

 フェンシング男子フルーレ団体で、日本が銀メダル以上を確定させた。初戦で中国、準決勝でドイツといった優勝候補を相次ぎ撃破。ドイツ戦は3点リードで迎えた最後の太田雄貴(26=森永製菓)が1度は逆転を許したが、残り1秒で40-40の同点。サドンデスの延長では3度のビデオ判定の末に競り勝ち、イタリアとの決勝戦に進んだ。前回北京五輪で太田が日本フェンシング界初の個人銀メダルに輝いてから4年。今度は団体で悲願を果たした。

 沈黙が打ち破られた。ベンチで日本選手が跳び上がる。台上に駆け上がり、勝負を決めた太田と無我夢中で抱き合った。サドンデスの延長戦で両者、得点を主張して行われた3度目のビデオ判定。固唾(かたず)をのんで待った結果、勝ったのは日本だった。団体初の銀メダル以上が確定した。太田は「本当に厳しい試合だった。(ツアー大会の)W杯なら早い段階で負けていたかも。観客のブーイングや声援が後押ししてくれた」と会心の笑みだ。

 40-40の同点で突入した延長戦。最初に2度、相手に得点のランプが点灯した。だが、ビデオ判定の結果、1度目は相手が頭を下げる反則。2度目も攻撃体勢に入っていないとして無効となった。そして、今度は両者に得点ランプがついた。3度目の判定は太田が奪い取った。千田は「何とか踏ん張ってくれという気持ちだった」と感謝し、三宅は「太田先輩の頑張りが勝因」と声を張り上げた。

 初戦の準々決勝で昨年の世界選手権王者中国を破り、迎えた準決勝。相手のドイツは世界3位で、北京五輪金メダルのクライブリンク、10年世界王者ヨピッヒらを擁した。最大6点リードを3点差にまで追い上げられて迎えた最後の太田も、ヨピッヒに5連続得点を許して逆転された。残り9秒で2点差。だが、あきらめなかった。残り6秒で1点を返すと最後の1秒、太田の剣が相手の胴を突いた。世界7位の日本にとって奇跡の同点劇だった。

 団体初のメダル確定。すべては太田の功績だった。北京五輪で個人初の銀メダルを獲得したことで、協会も1億円以上を男子フルーレ強化に投入した。東京・ナショナルトレーニングセンターで北京五輪前の500日を上回る「600日合宿」を実施した。そこで引っ張ったのが太田だった。

 陸上の為末や競泳の北島、柔道の野村、女子サッカーの沢と次々に人脈を広げて、講師として招き「戦う心」をチームに注入させた。団結を図るため、選手の誕生会も企画。昨年は「餃子の王将」からギョーザを持ち帰り、選手ら12人で1人前6個を70人前も平らげた。ホームパーティーではみんなで料理をつくった。公園では代表ジャージーを着て10人ほどで真剣な鬼ごっこにも励んだ。「欧州では競技会だけでなく外の関係も大事にする。僕らもそうしたかった」(太田)。

 今年に入っても岩や石を登るスポーツ「ボルダリング」や陶芸にも三宅らを誘って出かけ、茶わんをつくった。三宅は「太田先輩は何にでも好奇心があって、それをフェンシングに置き換えようとする。すごい」とうなった。その姿勢に仲間も引っ張られた。

 「日本の団体は僕が魂だ」という太田は大会前、「五輪には魔物がいるとされるが、僕がその魔物になれれば。金メダルを取るためにやってきた」と豪語した。個人戦は3回戦で敗れ、2大会連続メダルは逃した。だが前回は実施されなかった団体で、太田は日本を救う“魔物”になった。【今村健人】

 ◆フェンシング・フルーレ フルーレで一番重要な「約束事」は、攻撃者と守備者に分かれること。試合開始後、先に剣先を相手の方に伸ばした方が「攻撃権」を得る。守備者は、攻撃者の剣を払うなど相手の攻撃権を阻止した時点で逆に攻撃権を得る。このため、攻撃→防御→反撃→防御→再攻撃…と、瞬時に攻守交代が行われる。同時に突きを決めた場合など微妙なケースは主審がどちらに攻撃権があったかなどを判定する。

 得点するには、メタルジャケットで覆われた、腕、頭部を除く胸、背中など上半身の「有効面」に突きが入ること。反則は、頭を下げたり、相手に接触するなど双方のけがにつながる行為や、剣を持っていない方の手などで有効面を隠す行為、剣を持つ方の肩より持っていない方の肩が前に出た場合など。

 ◆08年北京五輪の太田 男子フルーレ個人で、日本のフェンシング史上初となるメダル(銀メダル)を獲得した。当時は世界ランク10位。準々決勝で世界ランク1位を破る金星で波に乗り、準決勝は1ポイント差で同ランク7位のイタリア人選手に勝った。同年3月に同大を卒業後、就職せずに練習に明け暮れ、「ニート剣士」と呼ばれながらメダルを手にした。五輪の活躍が評価され、同年11月1日付で森永製菓への入社が決まった。

 [2012年8月6日8時56分 紙面から]





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