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  1. コラム

コーチの流儀

日本車がアメ車に勝ったように/松本整氏

自転車日本代表の松本整監督。色紙には「挑戦」と「気魄」。気魄の「魄」は死んでもこの世に残る魂の意味があり、「何があろうと目的を達成する、そしてすでに俺は死んでいる。つまり命を犠牲にする覚悟を表したもの」。現役時代にはいつもサインに書いていた

自転車日本代表の松本整監督。色紙には「挑戦」と「気魄」。気魄の「魄」は死んでもこの世に残る魂の意味があり、「何があろうと目的を達成する、そしてすでに俺は死んでいる。つまり命を犠牲にする覚悟を表したもの」。現役時代にはいつもサインに書いていた

 指導者の指導哲学や本音に迫る「コーチの流儀」。今回は競輪のG1最高年齢優勝保持者で、11年から自転車日本代表監督に就任した松本整(ひとし)氏(52)にスポットを当てます。「競輪王」中野浩一氏に勝つために研究した科学トレーニング。その独自の理論を生かし、引退後にはフィギュアスケートの織田信成(24)、スケルトン越和宏(47)ら一流アスリートをサポートしてきました。自転車界に再び戻る「異端の理論派」に迫ります。

 おもむろに右手の親指で取材を受ける部屋の白壁を押して、松本は聞いた。

 松本 これって“パワー”あると思いますか?

 そして続けた。

 松本 パワーは力×速度。速度があることにしかパワーはないんです。これはパワーゼロなんです。静止しているものには速度がないからです。でも、実際エネルギーを消費すると疲れますよね。つまり無駄な力が多ければ多いほど進まないのにしんどいんです。

 力だけ大きくしても、出す方向、タイミングが悪いとパフォーマンスは上がらない。スポーツには各競技特有の動作パターンがあり、そのパターンで効率的に発揮される筋パワーの大きさが競技力を向上させる。この考えを生かしてスケルトン、フィギュアなどの選手を指導してきた。

 80年、21歳でデビューした競輪。絶頂期は40歳を超えてからだった。02年寛仁親王牌で36年ぶりにG1最高齢優勝記録(43歳)を塗り替えた。04年高松宮記念杯で優勝直後に引退した。

 本来は力が衰える晩年に残した偉業の数々。絶対王者・中野浩一の存在がすべてだった。世界選手権10連覇の巨人を超えようと同じトレーナーに師事し、筋肉量で上回っても勝てない。困惑の30代が過ぎた。

 松本 自分が天才ではないのがわかった。でも天才と同じことをできたら結果は一緒。具体的な方法がわかったのは41歳くらい。

 活路は科学。順大で研究生になり、効率的に成果が出る策をデータに求めた。

 松本 ペダルに加えた100の力が、(チェーンを回す)クランクを回転させることには45%しか使われていなかった。

 理由は自転車のペダルをこぐ時に、人間は丸くは力を出せないため。動きはほぼ上下運動で、上から下に力が出る。ペダルが一番下の時に踏んでもそれ以上は下に動かないため、力は伝わらず自転車は進まない。無駄をそぎ落とし、最適な力のかけ方を見いだした。

 松本 壁を手で押すのと一緒です。そこにはパワーがない。力の利用効率を直していって、G1を取るようになったんです。

 「パワーチェンジトレーニング」として体系化された、効率化に着目した理論は、引退後は他競技に応用した。最初は現役中に対談する縁があったスケルトンの越。そりを押すスタートダッシュに着目。「力を分散しないために真っすぐ押す、足は後ろに流さない」。一連の動作の鍵は股関節の使い方にあると分析。7年に及んだ肉体改造で、越は09年全日本プッシュ選手権で44歳にして自己ベストを更新、45歳で10年バンクーバー五輪出場の偉業をなした。

 さらにフィギュアスケートの織田信成。06年から指導している。

 松本 ジャンプはタイミングと跳ぶ角度次第で高く跳び上がれます。あとは回転する速度、着氷も大事になります。普通はひざ関節を使った動作をイメージしやすいですが、実は股関節の使い方が超一流のアスリートはうまいんです。

 屈曲動作や、足を後ろに反らすときに使う股関節の使い方を重視して強化を図り、短い間隔でのジャンプが可能になった。織田は4-3回転に08年3月の世界選手権で成功。10年バンクーバー五輪前には、世界でも挑戦する選手がまれな4-3-3回転の高難度技も跳べるまでになった。

 現役後は競輪界から距離を置いてきた。理論を応用した自転車のギア開発で特許を取得。実業家、ジム経営などを生業にしてきた。だが11年4月、強化委員長の中野浩一氏から監督就任を要請された。他競技で培った経験と自信を“本業”に生かす作業はこれからが本番だ。

 松本 理不尽なことには死んでも従わないタイプ。「劇薬になるんじゃないですか。扱い方間違うと毒になりますよ」と言いました。中野さんは本気で改革したいんだなと思う。

 自転車競技は1896年の第1回アテネ大会に始まる。00年からは日本発祥の「ケイリン」も競技に採用されたが、日本人で金メダル獲得者はいない。

 松本 最初、理屈だけでやっても誰もは理解できない。性急にやろうとは思ってないんです。日本車がアメ車に勝ったのは排気量ではなくて、精度が高くて壊れない車を作ったから。僕は日本の選手の体を作り替えしたら、アメ車に勝てると思いますね。【阿部健吾】

 ◆松本整(まつもと・ひとし)1959年(昭34)5月20日、京都市生まれ。府立洛北高卒業後、日本競輪学校に入学。45期生として80年4月デビュー。92年の名古屋オールスターで特別競輪(当時)初優勝。「中年の星」と呼ばれファンから愛されたが、04年びわこ高松宮記念杯を優勝後に電撃引退。通算成績1804戦415勝。生涯獲得賞金11億6796万4588円。現役中の96年に京都にジム「クラブコング」設立、NPO法人「日本運動能力研究所」も設立した。自転車のペダリング矯正ギアの開発・販売を行うなど実業家としても活躍。

◆松本が指導した主な選手

越  和宏(スケルトン)06年トリノ五輪11位

織田 信成(フィギュア)10年バンクーバー五輪7位

魚谷 智之(ボートレース)07年年間賞金王

西谷 岳文(元ショートトラック、現競輪)98年長野五輪1位

稲垣 裕之(競輪)04年アジア大会ケイリン銅メダル

岩元颯オリビエ(サッカー)11年U-15高松宮杯得点王

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