マーラ・ヤマウチ 震災復興へ奔走
地元ロンドンでの快走を誓う女子マラソン英国代表マーラ・ヤマウチと夫の山内成俊コーチ
今日5日に行われる女子マラソンに、特別な思いを胸に出場する英国代表選手がいる。英外務省の外交官などで日本で計10年間を過ごした異色の経歴を持つマーラ・ヤマウチ(38)だ。そのマーラを、支え続けてきたのが夫でコーチの山内成俊さん(41)。昨年、拠点を日本からロンドンに移した直後に東日本大震災が発生。練習の合間をぬって、被災地への支援活動にも奔走してきた。「私たちは復興への道を進む日本の人々のためにも走る」。2人の思いのこもった五輪のマラソンだ。
北京五輪女子マラソンでの6位入賞から4年。二人三脚で歩んできた妻マーラのレースを目前に控え、コーチでもある山内さんは充実した様子で現在の状態を話し始めた。
山内さん マーラは今年1月にかかとの炎症を起こすなどのけがが続いたが、その中でもできることはやってきた。体力は確実についているので、精神的にもとてもいい状態です。彼女にとっては地元での五輪。ずっとここを目指して練習してきましたから、レースではとにかく自分の満足できる走りをしたい、と考えているようです。
駐日英国大使館の外交官だったマーラとは日本で知り合い、02年に結婚した。4年後には競技生活を本格化させた妻を支えるため、勤務先の証券会社を退職し、専属コーチとしてバックアップしてきた。365日、毎日一緒。食事から練習メニューまで、すべて2人で話し合って決めてきた。
山内さん 基本的に食事は3食全部、私が作る。栄養士のアドバイスを受けたりしながらですが、ほぼ独学ですね。ランニングも、一から勉強しました。読んだ本は数え切れない。小出(義雄)さんや瀬古(利彦)さんの本も読んだし、欧米の専門書も読んだ。でもここまで来られたのは、マーラの才能と努力に尽きます。私がやっていることは全体の1%にも満たない。
今大会、2人には特別な思いがある。五輪に向けて2人は昨年、東京からロンドンに拠点を移した。一足先に英国入りしたマーラに続き、山内さんが離日したのは3月10日。東日本大震災発生の前日のことだった。
山内さん 日本で大地震が起きた、とマーラの母親から電話があったのが、ロンドンに着いた翌日の早朝でした。テレビをつけると津波の映像が目に飛び込んできた。ショックでしたね。神奈川に住む両親に電話をかけてもつながらない。マーラも日本に友達がたくさんいるのでとても心配していた。
その2週間後には、英国のランナー仲間とともに被災者支援サイト「RUN FOR JAPAN」を開設した。マーラは外交官として、陸上選手として約10年過ごした日本を支援するため広報大使として寄付を呼び掛けた。英国中から集まった寄付金は約380万円に上る。
山内さん マーラのランナー仲間が声をかけてくれた。私たちは、何かをしたいと思う一方で何ができるのか、という無力感を感じていた時だったので「ぜひ一緒に」ということになった。集まった寄付金は英国の赤十字社を通じて被災地に送られました。
ロンドン大会は震災後、最初の五輪だ。
山内さん マーラは五輪で走ることで復興への道を歩く日本の人々に、さらなる勇気を与えたいと話している。マーラは日本で過ごした間に急速に力をつけたランナーです。選手としての背景には日本の生活、文化、ランニング技術がある。女性としての気配りも日本的な部分が多分にある。本人も日本を「第2の母国」と思っています。
五輪後のことは未定だが「2人で日本に帰る可能性もあります」と山内さんは話す。今日、日本への思いを胸にロンドンを走るマーラをゴールで待っている。
◆山内成俊(やまうち・しげとし)1971年(昭46)6月26日、東京都生まれ。13歳から17歳まで父親の仕事の都合で英国ロンドンで過ごす。中央大卒業後、外資系証券会社に勤務。00年に共通の知人を介してマーラと知り合い、02年結婚。マーラを支えるために06年に勤務先を退社し、コーチに専念。スポーツ経験はラグビー、テニス。
◆マーラ・ヤマウチ 1973年8月13日、英国オックスフォード生まれ。オックスフォード大経済学部卒。修士課程修了後、96年に英国外務省に入省。98~02年まで駐日英国大使館の外交官として勤務。英国帰任後、06年に休職し、競技活動を本格化するため再来日。主な成績は08年1月の大阪国際女子マラソン優勝、同年の北京五輪6位入賞。