なでしこらしさ失わないで
なでしこジャパンの佐々木監督が選手たちに向かって初めて「金メダル」を口にしたのは、今から3年前の11月9日だった。今は原発事故対応の拠点となっている福島・Jヴィレッジでの代表合宿初日。「ロンドンで金メダルを目指そうと思うが、どうだろう?」。佐々木監督の言葉に、選手たちは目の色を変えた。
メダル獲得を目標に臨んだ北京五輪ではベスト4止まり。準決勝進出でチームに満足感があったからだという。だから、ロンドンでは金狙い。「高いところに目標を置かないと」というのが監督の説明だった。
さすがだと思うのは、目標を決して1人では決めないこと。「選手の意見を聞いて、選手が納得した上で決める」のが佐々木流。自分たちで決めた目標のためなら努力できる。厳しい練習に耐えられる。MF沢には「簡単に金メダルと言ってほしくない。アメリカやドイツに勝てると思いますか?」と聞かれた。若い選手や周囲が「世界一」という言葉の甘美な響きだけに酔うのを心配した沢の言葉に、強い覚悟を感じた。
あれから約1000日。選手たちはやってのけた。昨年のW杯はドイツ、米国を初めて破って優勝。日本中に「なでしこブーム」が起きた。注目度が劇的に高まった。ロンドン五輪の報道は、なでしこ一色とも言えるほど。そんな中で金メダルこそ逃したが、決勝に進んで期待に応えた。日本で初めて女子代表が組まれてから31年。このチームが、すべてを変えた。
環境も注目度も劇的に変わる中、サッカーも変わっていった。したたかに引き分けた。リードしている場面で時間稼ぎもした。リスクのあるパス回しより、確実に勝つ道を選んだ。それも、チームの「成長」だ。
ただ、絶対届かないボールを追って走る「愚」も、無理を承知で挑戦することも「なでしこらしさ」だと思う。W杯優勝で守るものができた。失うものがなかった時代とは違う。慎重に勝利を目指すのも、当然だと思う。それでも「女のくせに」と言われた時代から彼女たちを支えてきた言葉は忘れないでほしい。「だって、サッカー好きなんだもん」。リオでの金メダルに期待しながらも「なでしこサッカー」でいてほしい。【編集委員・荻島弘一】