9秒58はアニメの世界
世界新こそ出ませんでしたが、男女の100メートルと200メートルはハイレベルでした。気温が低い割には、上位選手たちの記録が良かった大会です。
そんななかでもボルトの速さは際だっていました。2種目での五輪2連覇はカール・ルイス(米国)も成し遂げられなかった快挙です。9秒63の五輪新でもスタンドから「あーっ」というため息が出る。世界記録(9秒58)更新を期待されているのでしょうが、僕らからしたら9秒58はアニメの世界の記録ですよ。
そんなボルトも100メートル後半は硬さがありました。昨年のテグ世界陸上のフライング失格で傷ついたプライドを、取り戻そうとしていたんでしょうね。最後はタイマーを見ながら必死で走っていた。勝った喜びで横を見ながら走った北京五輪とはまったく違います。
脚を痛めたパウエル(ジャマイカ。前世界記録保持者)以外は全員が9秒台でゴールしました。陸上競技の歴史上初めての快挙です。全員が9秒台で走る空間は想像がつきませんし、その空間を支配するということも、誰も踏み込んだことのない領域です。
ロンドンの走りを見て、世界記録更新も可能だと思いました。私も経験がありますが、フライング失格のトラウマを払しょくするのは大変なことなんです。今回の金メダルでそこが吹っ切れれば記録は出せます。ボルトは今後ますます、時計を早く止めていくんじゃないでしょうか。(伊東浩司)
◆伊東浩司(いとう・こうじ)1970年(昭45)1月29日、兵庫県出身。98年のバンコクアジア大会において、100メートル準決勝で当時のアジア記録となる日本新記録の10秒00をマークし、現在も日本記録となっている。甲南大スポーツ・健康科学教育研究センター准教授。
オメガ製の「フラッシュガン」
陸上競技の始まりを告げるスターターピストルも、時代を経て進化した。48年のロンドン大会では、空砲を撃てるように改造した拳銃でスタートを知らせた。ただ、この時すでに発砲と同時に計時が開始させる仕組みが導入されていた。しかしながら、競技者の技術やスピードが向上するにつれ、内側と外側のレーンにいる選手に差が出ることが懸念され始めた。一部の研究では、100メートル走では、最大1メートルの差につながるという説も出た。
長年の開発を経て、今大会で採用されたオメガの「フラッシュガン」は、音だけでなく光もスタートを知らせた。また、連動している各選手のスターティングブロックのスピーカーからも音を発することでレーン格差をなくすことに成功した。「音が早く聞こえるから、内側のレーンが有利」というのは、技術革新により過去の話となっている。