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コラム Nikkan Olympic Column
五輪ヒーロー・ヒロイン列伝 五輪コラム

五輪ヒーロー・ヒロイン列伝

 ロンドン五輪では日本選手への期待はもちろん、大舞台で新たなヒーロー、ヒロインの登場も楽しみなところ。あなたの記憶に今も残る、偉大なアス リートたちをプレーバックする。

想像超えた満点少女/ナディア・コマネチ

<ナディア・コマネチ(ルーマニア=体操女子)>

 「白い妖精」の演技にくぎ付けになったのは76年モントリオール大会。ビートたけしの「コマネチ!」のギャグを覚えている方も多いかもしれないが、14歳の「天才少女」は体操で五輪史上初の「10点満点」を7回マークした。

 団体規定の段違い平行棒。ポニーテール、白いレオタード姿での演技はまったくミスがなかった。得点が出た瞬間、場内はざわついた。「1・00」。当時、体操の得点は10点を想定していなかったため、9点台までしか表示できなかった。同自由の段違い平行棒、平均台でも10点。団体は銀メダルだったが、満点演技はさらに続く。個人総合と種目別の段違い平行棒、平均台で10点を出し、3つの金メダルを獲得した。演技後や表彰台で両手を振り、ニコニコして歓声に応えた。10点連発後、体操界は採点法の改正を行わざるを得なくなった。

 80年モスクワ大会でも金2個を獲得。母国の独裁者チャウシェスク一家に翻弄(ほんろう)され、信頼するコーチの米国亡命などもあり、81年引退。89年には自身も米国に亡命した。「10点満点」はその後の運命に影を落とした。

 [2012年7月22日0時0分]



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