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五輪100年の記憶 五輪コラム 五輪100年の記憶

 日本が挑む100年目の五輪、ロンドン大会が目前に迫った。1912年のストックホルム大会に日本が初参加してから1世紀、「五輪100年の記憶」として歴史を振り返る。【荻島弘一編集委員】

一貫指導が成功、SC育ち大地の金/競泳・鈴木大地

88年、ソウル五輪男子100メートル背泳ぎ決勝で金メダルを獲得した鈴木大地
88年、ソウル五輪男子100メートル背泳ぎ決勝で金メダルを獲得した鈴木大地

<1988年ソウル大会>

 日本競泳陣には、ロンドンでのメダル量産が期待されている。目標は「複数の金を含む8個以上のメダル獲得」(上野広治競泳委員長)と鼻息は荒い。「競泳ニッポン」復活のカギとなったのが、スイミングクラブ(SC)。世界の頂点を目指してのジュニアからの一貫指導が成功した。

 SCが誕生したのは、銅メダル1個に終わった64年東京大会の後。65年に大阪で設立された山田SCは全国から集めた有望選手に英才教育をし、72年ミュンヘン大会では女子100メートルバタフライで青木まゆみが金メダルに輝いた。男子100メートル平泳ぎ金メダルの田口信教も、フジタSC所属。もっとも、当時はまだ学校の水泳部が主流だった。民間のSCが全国に増えるのは70年代からだった。

 当初、SCの中心は小学生の「習いごと」だった。「泳げるように」「水を怖がらないように」と親が通わせ、高学年になるとプールを離れた。70年代から80年代にかけては日本水泳の低迷期。SCの子どもたちに「五輪」はなかった。

 ところが、1人のSC育ちスイマーが大仕事をやってのける。88年ソウル大会100メートル背泳ぎ金メダルの鈴木大地。「入賞」が現実的な目標だった時代に本気で金を目指し、予選3位から大逆転した。指導した鈴木陽二コーチは「僕が好きなマージャンは、1位以外意味がない。だから、金メダルしかないと思った」と笑ったが、大地の快挙でSCの目の色が変わった。

 日本水連副会長の青木剛氏は「大地の金が転機になった。SCの指導者が自信を持ち、高い目標を掲げるようになった」という。メダル数の増減はあるが、全体のレベルの目安である入賞者はソウル大会以降に急増した。あれから24年、鈴木大地氏は「海外のコーチに、お前のせいで日本が強くなって困ってるよ、って言われますね」と苦笑いする。日本独特のSCによる選手強化システム。ロンドン大会の後には「五輪で金を」と、水泳を始める子どもたちが増えるはずだ。

 ◆スイミングクラブ 64年東京五輪の惨敗でジュニア強化の必要性が叫ばれ、65年に山田SC(大阪)と代々木スイミングスクールが創立。高度経済成長と余暇の多様化によって70、80年代に急増した。近年の健康ブームもあって、現在日本スイミングクラブ協会には1000以上のクラブが登録されている。妊婦からベビー、小学生、中高生、成人、マスターズなど対象は広範囲。ロンドン大会に出場する競泳代表は、全選手がSCで育った。 

(2011年6月21日付日刊スポーツ紙面より)

 [2012年7月24日14時22分]





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