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コラム Nikkan Olympic Column
秘技解剖~五輪メダル候補に迫る~ 五輪コラム

秘技解剖~五輪メダル候補に迫る~

 人とは違う「武器」が、メダル獲得への切り札になる。「五輪メダル候補に迫る 秘技解剖」では、選手の必殺技や秘密兵器を紹介していく。

藤原の錬「金」工場!ミトコンドリア大量生産

筋繊維の断面イメージ
筋繊維の断面イメージ

 メダルへ、ミトコンドリアを増やせ-。男子マラソン五輪代表の藤原新(30=ミキハウス)は、独自の考え方と取り組みでロンドンの表彰台に挑んでいる。その強化法とは「ミトコンドリア」だった。昔、理科の授業で聞いた覚えがあるだろう。生物の細胞に広く含まれている組織のことで、酸素を取り込み、筋肉を動かすエネルギーをつくりだす。生理学者さながらの観点に立つ「藤原流トレーニング術」を解剖した。

 体内の細胞を鍛えてロンドンの表彰台に立つ!? マラソン界の異端と呼ばれる男の発想は、何ともユニークかつ型破りだった。

 藤原 ある生理学者から5年前ですけど。持久力というのは、すなわち「ミトコンドリアの量である」と聞いて。自分で練習してみて、その通りだと思った。

 ミトコンドリア。ほとんどの生物の細胞に含まれている組織で、筋繊維に存在する。これが酸素を取り込み、筋肉を動かすエネルギーをつくり出す。運動すればミトコンドリアは増え、運動しないと減る。

 藤原 ミトコンドリアを活性化させるトレーニングが大事です。それは具体的に何かというと、スピードトレーニング。イメージとしてスタミナ練習をやればスタミナがつくけど、実はスピード練習をどんどんやった方が、スタミナがつくんです。そういう考えに基づいて練習してます。

 これを藤原は「ミトコンドリア刺激走」と呼ぶ。3000メートル、5000メートルといった短い距離を1キロ2分40秒といったハイペースでかけ抜ける。それを何本かセットで繰り返す。つまり長い距離を1キロ3分以上の一定ペースで走るよりも、この方がマラソンの持久力をつくる上では有効なのだと言う。

 ミトコンドリアの研究者として活躍している筑波大学大学院人間総合科学研究科の久野譜也教授に、そのメカニズムを説明してもらった。

 久野教授 ミトコンドリアは何かと言うと、「ATP生産工場」です。例えば車はガソリンがないと走らない。人が運動する、走るというのは筋肉を使って走る。その筋肉を動かす唯一のエネルギーがATP(アデノシン三リン酸)です。

 車と違い、ヒトの体はよくできている。車ならガス欠しないようガソリンスタンドで補充する必要がある。だが人間の場合、ミトコンドリアの働きで、エネルギー源のATPを走りながら再生できる。その機能が高まれば、筋肉の伸縮を阻害する「乳酸」を分解する作用もあるという。

 久野教授 たくさんのATPを供給するには、ミトコンドリアのボリュームを増やせばいい。どうするかと言うと、弱い強度で長時間走るよりは、インターバル的な中強度で何本も繰り返して走るのがいい。インターバル走です。

 激しい運動と呼吸によって、筋肉中のミトコンドリアが肥大する。それに伴い、周辺に絡む毛細血管の量が必然的に増える。ATPを合成するための材料となる酸素、脂肪酸を運ぶパイプラインだ。その蛇口が増えれば「工場」がより稼働し、どんどんエネルギー(ATP)をつくり出す。こういった状態に筋肉を適応させることで、疲労を抑え、長時間走り続けられることにつながるという。

 ただし、ミトコンドリアは生理学上、誰もが知り得る情報であり、特別なものではない。それを踏まえ、藤原流の利点をこう説く。

 久野教授 なぜ、ここでインターバルを入れるのか? 苦しいですよね。だけど「ミトコンドリアが増えるので、ここは頑張ろう」と。その意味が分かると、きちっとやれるし、手を抜かない。ただ「インターバル10本」、ただ「頑張る」でやるのとは全然違う。「ここの筋肉で毛細血管が増えるな」とか。極端に言えば、そういうのを理解してやれないと、今はトップレベルでは戦えない。

 藤原は少年時代、理科が好きだった。拓大時代から生理学にも目覚め、さまざまな著書で勉強した。体内に多くの「工場」を構えることで、競技力を向上させてきた。そして8・12、1つの研究結果がロンドンで発表される。【佐藤隆志】

 ◆解糖系 細胞内でエネルギーをつくる方法として、ミトコンドリアの酸化系などのほかに「解糖系」がある。酸素を必要とせず、糖(グリコーゲン)を分解してエネルギーに変える働きだ。マラソン選手の場合、最後の勝負どころまで解糖系は使わず、ミトコンドリアによるATP供給が主力。だが、早いエネルギー供給が要される短距離選手は、瞬発力を生む解糖系を使って運動する。 

 [2012年7月15日0時52分]



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