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コラム Nikkan Olympic Column
コーチの流儀 五輪コラム

コーチの流儀

 五輪に向けて日々闘っているのは選手だけではない。スポットライトを浴びるアスリートの背後には、必ず優れた指導者たちがいる。ロンドンの表彰台を目指し、さまざまなアイデアを持ち、独自の工夫を凝らしている。そんなコーチたちの指導哲学に迫る。

特許もとった「金取れマシン」/柳沢久氏(下)

 指導者の指導哲学や本音に迫る「コーチの流儀」。女子柔道指導の先駆者であり、89年の創部から強豪・三井住友海上女子柔道部を率いる柳沢久監督(64)の後編です。ユニークな「筋トレマシン」を数多く製作し特許を取得するなど、アイデアマンとしても知られる監督。上野順恵(28)中村美里(22)らロンドン五輪代表候補を育て上げたその根底には、「柔道を楽しむ」姿がありました。

 三井住友海上の柔道場には「どすこいバー」がある。「ひねりん棒」「内股くん」に「スクワッショイ」も。それはすべてトレーニング機器のこと。普通の筋トレマシンとは違う、柔道で使う筋肉を鍛えるために独自開発された「金取れマシン」。ここにしかない機械が10台以上も並ぶ。

 柳沢 特許を取った機械も2つ。その選手に合ったものをつくり、引退して使う人がいなくなれば撤去して、また新しく選手の体や技術の特徴に合った機械をつくっていく。(上野)順恵や(中村)美里らからアイデアを募集したり、ネーミング選考会もやりましたよ。柔道はやっぱり、面白くなきゃね。

 02年。当時、電気通信大の教授も兼務していた柳沢監督は、知能機械工学科の学生らとプロジェクトチームをつくった。目的は04年アテネ五輪で金メダルを取るために柔道用の筋トレマシンをつくること。きっかけはフランスから送られた1つのデータだった。

 柳沢 フランス選手のデータを日本人に当てはめたら、パワーが全然違う。同じ階級で例えば30キロのベンチプレスを連続で上げるのに、外国人は33回続くけど日本人は15回。確かに外国人には技で勝っても、力で振り回されて終わりでした。パワーに裏付けされた技じゃないとダメだと思い知らされた。でもボディービルダーの体をつくっても意味がない。柔道の技術に合った体をつくれる機械を、つくろうと考えたんです。

 筋トレは週4回ほど行う。3カ月に1度はパワー測定もする。データはずっと残している。アイデアは水泳や陸上など、ほかの競技を見ても生まれる。

 柳沢 ほかの競技の話を聞いたり、見たりもする。世界一になるには、ほかと一緒じゃダメ。何かが飛び抜けていないと。よく「一芸に秀でる」と言うけど、1つだけ偏っていることが「一芸」ではない。すべてが平均以上で、さらに飛び抜けていることが「一芸」なんです。でないとバランスが悪くなる。

 77年。29歳のときに初めて女子の指導に携わった。当時、日本の女子は試合が禁じられ、試合ができた外国にはるかに遅れていた。78年にようやく女子の第1回選抜体重別選手権が開かれた。だが…。

 柳沢 128人。いまだに覚えている。全国の予選参加者数ですよ。日本の競技人口はそれだけだった。一番若かったのが(84年世界選手権で日本女子初の金メダルを獲得した)山口香。彼女が中学2年で上は37歳の主婦も出ていた。当時は女子のコーチだなんて言えなかったです。恥ずかしくて。格好悪いですよ。

 女子代表監督時代には強化委員会で「女子の強化費はどぶに捨てているようなもの」と言われた。どうすれば強くなるか。それだけを考えてきた。89年の創設から率いる三井住友海上女子柔道部では筋トレマシンだけでなく、「努力」を目に見える形にもした。

 柳沢 うちでは大会ごとに格付けして成績で点数をつけているんです。今の世界ランクと同じものを89年から始めている。裏付けになるんです。こんなに得点が上がった。頑張ったじゃないかと。目に見える形で評価してあげないと、生徒たちも分からないでしょ。

 あらゆるアイデアが五輪選手を育んできた。今なお、新しい構想は湧くという。どうすれば満足するのか。その問いに「みんなが勝ってくれれば」とおどけつつも「そうしたらまた、違う面白いことを考えようと思うんだよねぇ」と笑い飛ばした。【今村健人】

(2012年1月31日付、日刊スポーツ紙面より)

 [2012年7月6日16時44分]





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