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コラム Nikkan Olympic Column
爲末大学 オリンピックを考える 五輪コラム 爲末大学 オリンピックを考える

 五輪に3度出場、世界選手権で2度銅メダルを獲得し、先ごろ引退したばかりの侍ハードラーが、独自の視点から五輪を斬る。社会派アスリートが現地で 見て、感じた世界最高峰の戦いを語る。

北島君のやりきった表情を見た

 悔いはない。過去2度の五輪で4つの金メダルを取った北島君が、200メートルのレース後にそう語った。個人では今回メダルを取ることができなかった彼からすれば複雑な思いはあるだろうけど、レース後、吹っ切れたような表情でインタビューに答えていた。

 初出場だったシドニー五輪で、僕は転倒して予選敗退した。4年間、あれだけ努力してきて、こんな結果に終わるんだったら一体何のために努力してきたのか。結果が出ないんだったら頑張る意味なんてないじゃないか。努力が無駄に終わったと思って、泣いた。

 結果を出すために努力する、成功するために我慢する。そう純粋に信じていたけど、現実にはどれだけ気をつけても試合前にけがをすることもある。結果は完全にはコントロールできない。

 努力した選手が才能で戦っている選手に負けることもある。そもそも無数のアスリートが憧れて夢破れた先に五輪はあって、一番努力した選手たちが五輪にいるとは限らない。持って生まれた才能は競技力にとても大きく影響していて、頑張っても夢がかなわなかった人もたくさんいる。

 北京五輪が終わってから、最後の4年間もう1度だけ五輪を目指したいと思って現役を続けた。結果は五輪にすら出られないものだったけれど、不思議なことに僕はすごくすっきりした気持ちだった。シドニーの時のような、恨みつらみはなくて、これだけやってだめだったんならどうせだめだったんだよ、そうやって妻に話しながら僕はなぜかすっきりした顔をしているのが自分でわかった。

 アスリートはみんな、いつ自分が妥協していつ自分にうそをついたかを知っている。結果がいい時は気にならないけれど、追い込まれたり、敗北した時、どうしてあの時自分は妥協してしまったんだと後悔する。妥協は人にはうまくごまかせるけど、自分にはごまかせない。妥協した過去は後々の人生に響いていく。

 4年に1度、人生に数度のオリンピックで結果をコントロールするのはとても難しい。でも確かにやりきったという思いは宝物として選手の内側に残るのだと思う。

 後悔は結果ではなく、過程に依存する。結果はコントロールできないけれど、今日どう生きるかは毎日自分の力で選ぶことができる。悔しい思いはあるだろうけど、北島君が吹っ切れたような顔をできるのは彼が全力で競技に取り組んできたからじゃないだろうか。悔いはないと語った北島君の表情に、戦いきった人だけが持つ充足感と、自分はやりきったんだという自信を、僕は感じた。

 [2012年8月3日10時5分 紙面から]





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