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コラム Nikkan Olympic Column
爲末大学 オリンピックを考える 五輪コラム 爲末大学 オリンピックを考える

 五輪に3度出場、世界選手権で2度銅メダルを獲得し、先ごろ引退したばかりの侍ハードラーが、独自の視点から五輪を斬る。社会派アスリートが現地で 見て、感じた世界最高峰の戦いを語る。

「栄冠を与える立場になる」戦いへ

 400メートルハードルの高さは91・4センチで、なんでそんなに半端かというと、3フィート(1フィート=30・48センチ)をもとにして設定しているかららしい。中学生の頃、中途半端な高さを見て興味を持って調べて、ハードルの起源がイギリスにあることを僕は知った。

 イギリスという国は数々のスポーツの発祥の地であることが知られている。ラグビーも、陸上競技の幾つかの種目も、テニス、そして一説にはサッカーもと、いわれている。

 ウィンブルドンという場所がイギリスにはあり、皆さんご存じのようにそこはテニスの聖地になっていて、当然テニスプレーヤーにとってそこは憧れの地となっている。

 だったら当然テニスはイギリス人が一番だろうかというと、案外そうでもない。ランキングを見ても目立ってイギリス人が多いというわけではなく、ぱらぱらといるぐらいで幾つかある国の1つというレベルでしかない。

 イギリスは今では日本にGDPでは負けていて、メダル数も最近では中国に負け、イギリスが世界一である分野はもうそれほど多くはない。にもかかわらずイギリスはやはり世界が無視をできない大国で、その影響力の源泉はウィンブルドンのような場所に秘密があるのではないかと僕は思っている。

 スポーツになるとメダルの数などのわかりやすい競争がいつもクローズアップされるけど、イギリスという国はそれ以外に、一段引いたところのルール作りやそもそもの文化の勘所を握ることに力を割いているように見える。栄冠を手に入れるための戦いと、その栄冠を与える側に回るかどうかの戦いがあって、イギリスはこの後者の作り方がとてもうまいと思う。

 柔道男子の金メダルが初めて0個に終わり、失敗だったと世間では言われているけれど、僕はこれは柔道が世界に広まっている証拠だと思っている。柔道という文化が浸透したおかげで、柔道をやる国が増え、ライバルが増え、戦いが厳しくなった。おそらくこれから日本が柔道文化を世界に広めれば広めるほど、日本のメダル数は減っていくだろう。

 もちろん日本の柔道のレベルをあげることは大事だけれど、同じくらい文化発祥の国として柔道を広めることは、日本という国として大事なのではないだろうか。強化があり、普及があり、そしてこれからの時代に大事なことは原点のブランディング(注)だと思う。

 30年後、チャンピオンは日本人ではないかもしれないけれど、数年に1度世界の柔道家たちが、日本武道館で戦い、チャンピオンに嘉納治五郎杯が与えられる。世界の柔道家たちはそれを何よりの栄誉と考えて、世界中の柔道をやる子どもたちがいつかそうなる日を夢見ている。

 作られたスポーツを競うことだけではなく、スポーツ自体を広め、そしてそのスポーツ文化の根幹を握る戦いに日本も参戦してもいいと思う。人は原点に憧れるもので、原点がある所を尊敬するものだと僕は思う。

(注)ブランディングとは、ブランドの特徴や競合するものとの区別を明確にすること。

 [2012年8月7日16時0分 紙面から]





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