日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムです。



バドミントン Badminton
  1. トップ
  2. ニュース
  3. フォト
  4. 日程&結果
  5. 選手名鑑
  6. 競技メモ

潮田9月に引退 キャスター転身濃厚

引退を表明した潮田。右はペアを組む池田
引退を表明した潮田。右はペアを組む池田

 ロンドン五輪のバドミントン混合ダブルス代表の潮田玲子(28=日本ユニシス)が、9月の国際公式戦ヨネックス・オープン・ジャパン(東京・代々木第1体育館)を最後に現役を引退すると表明した。10日、都内で行われた会見で、「日本の皆さんの前で最後にしたい」と、同大会を最後に23年間の競技生活に終止符を打つことを明かした。所属する日本ユニシスも退社する予定で、引退後はスポーツキャスターなどにチャレンジするとみられる。交際が明らかになった柏のJリーガー、増嶋竜也(27)と一気に結婚に進展する可能性も出てきた。

 潮田の声が少し詰まった。司会者から大会への抱負をたずねられたときだった。勇気を持って振り絞ったのは「(池田さんとの)ペアとして最後の大会。そして、このヨネックスを最後に引退を考えています」という言葉。心なしか、声が震えていた。

 「オグシオ」、「イケシオ」として、08年北京五輪前から、日本バドミントン界の先頭に立って8年間も走り続けてきた。

「北京五輪後はおなかいっぱいバドミントンをしようと思ったが、それが今はない。もうモチベーションがない」

 02年から結成した小椋久美子との女子ダブルスは、「オグシオ」として人気が沸騰。美貌と07年世界選手権で銅メダルを獲得した実力を兼ね備えたペアとして、アイドル的な存在だった。メダルを期待された北京はベスト8に終わり、一時は「やめるかどうか悩んだ」。しかし、「どこかでやり残した思いがあった」と現役続行を決意。09年から池田信太郎と「イケシオ」を結成。混合に転身した。

 その時からロンドンを最後にしたいという思いはあった。昨年9月のインドネシアオープン。五輪レースでの成績で1回戦負けが続いていた。28歳の誕生日を迎えた潮田は部屋で決心した。「結果はどうあれ、ロンドンを最後にして悔いなく頑張ろう」。ペアの池田にも伝え、今年の4月に代表の座を射止めた。もう思い残すことはなかった。

 ヨネックスオープン後に、日本ユニシスは退社する。これまでバドミントンは同社、メディア活動はマネジメント事務所のセントフォースと区分けしてきたが、引退後は同事務所だけになる。「そこまで何も考えていない」と本人は話したが、テレビで自分の名前を冠したインタビューコーナーを持っていたこともあり、スポーツキャスターへの転身が濃厚だ。

 一方で6月に明らかになったJ1柏の増嶋との交際も順調のようで、チーム関係者によると同27日に国立競技場で行われた柏-東京戦を応援に訪れていたという。2人はまだ結婚の意思について周囲に何も語っていないようだが、潮田は現役続行を望む母睦子さんに「私を結婚させない気?」と冗談で話したこともあった。引退に踏み切ったことで、増嶋との交際が結婚へと進展する可能性もある。「ロンドンでどういう結果になっても悔いはない」。日本スポーツ界のヒロインがロンドンで燃え尽きる。

 ◆潮田玲子(しおた・れいこ)1983年(昭58)9月30日、福岡県苅田町生まれ。6歳で本格的にバドミントンを始め、九州国際大付高2年の00年全日本ジュニアでシングルス優勝。02年に三洋電機へ入社し、小椋久美子とのペアで“オグシオ”として写真集やDVDを発売するなど、人気が沸騰した。全日本ダブルス5連覇。07年世界選手権銅メダル。北京五輪では5位に入賞した。09年に池田信太郎と混合に転向し“イケシオ”を結成、10年4月から池田の所属先である日本ユニシスに移籍した。166センチ、60キロ。家族は両親と兄。

 [2012年7月11日9時28分 紙面から]



[an error occurred while processing this directive]