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三宅銀 個人種目初親子メダル/重量挙げ

ジャークで108キロに成功した三宅宏実(撮影・菅敏)
ジャークで108キロに成功した三宅宏実(撮影・菅敏)

<ロンドン五輪:重量挙げ>◇28日◇女子48キロ級

 ロンドン五輪重量挙げ女子48キロ級の三宅宏実(26=いちご)が、同競技で日本女子初のメダルを獲得した。頭上まで一気に引き上げるスナッチで日本記録の87キロを上げて2位につけると、ジャークでも110キロを上げ、トータル197キロの日本記録を出し、銀メダルに輝いた。68年メキシコ大会銅メダルの父義行さん(66)、64年東京大会、68年メキシコ大会金メダルの伯父義信さん(72)と重量挙げ一家に育った。競技を始めて12年目。3度目の大舞台で、日本人3組目の親子2代での五輪メダルに輝いた。

 三宅が快挙を達成した。68年メキシコ大会銅メダルの父義行さんから背中を押された。2位で迎えたジャーク1回目。三宅は108キロのバーベルを肩に乗せると、力をためて頭上に引き上げた。スナッチ87キロと合わせてトータル195キロの日本記録達成。2回目の110キロも上げて日本記録を更新し銀メダルを獲得。3度目の五輪で、三宅一族の伝統を手にした。偉大な父と伯父の背中を追い続けた26歳が、3度目の大舞台で悲願を達成した。

 最高のスタートだった。頭上まで一気に引き上げるスナッチの1回目。いきなり83キロの日本記録をマークした。2回目は85キロ、3回目は87キロと、次々と日本記録を更新。世界記録保持者で金メダルの王明娟(中国)には抜かれたものの、一時首位に立った。その勢いはジャークでも持続した。

 賭けに成功した。08年北京大会以降、1階級上の53キロ級に転向していたが、今回は4年ぶりに、再びもとの48キロ級で勝負することを決めた。世界の勢力図を分析して、ライバルの少ない48キロ級を選択した。北京大会では減量ミスでパワー不足に陥ってメダルを逃していた。リスクは高かったが、決断は揺るがなかった。

 北京大会以降は53キロ級で筋力アップを図った。苦手なスナッチの強化に取り組み、昨年6月の全日本選手権では、日本記録を7キロも更新する207キロをマーク。減量法は北京大会の失敗をいかし、本番2日前から絶食。一気に1・2キロを落とすことで、パワーダウンを最小限にとどめた。完璧な戦略で勝ち取った初のメダルでもあった。

 中学校3年で重量挙げを始めた。銅メダリストの父、64年東京大会、68年メキシコ大会金メダルの伯父義信さんの影響もあり、自然とバーベルを握っていた。以来、父義行さんからマンツーマンの指導を受けてきたが、五輪では挫折続きだった。初出場の04年アテネ大会は腰痛の影響もあり9位。北京大会は減量ミスで6位に終わった。三宅家の伝統でもあるメダルは遠かったが、あきらめなかった。

 父への信頼感は変わらないが、依存心が強すぎたことを反省した。2年前から父任せだった練習メニューを自ら組み始めた。「アテネ大会は出るだけで終わった。北京大会は体調管理に失敗した。今回は練習もしっかり作ってきたし、記録も伸ばしてきた。やってきたことを全力で出したい」。3度目舞台は、初めて自信を持って臨んだ。

 父との約束も果たすことができた。中学校3年で重量挙げを始めたころ、父義行さんから言われた。(1)自分から重量挙げをやると言ったのだから、絶対に途中で投げ出すな。(2)重量挙げをやるからには五輪のメダルを取れ。父との約束を守り、日本人では3組目の親子メダルを獲得した。

 ◆三宅宏実(みやけ・ひろみ)1985年(昭60)11月18日、埼玉・新座市生まれ。中学までスポーツ歴はなく、新座二中で軟式テニス部に入部し、同中3年時に重量挙げを始める。埼玉栄高では1年時に全国高校総体優勝。2年時に世界選手権に出場し、全国高校選抜では日本ジュニア、高校記録を更新。3年時の03年に53キロ級で全日本選手権制覇。04年アテネ五輪9位、06年世界選手権銅メダル、08年北京五輪6位。プロ野球でバース(阪神)落合博満(ロッテ)が3冠王に輝いた1985年に生を受け、うかんむりが3つ並ぶ「三宅宏実」と名付けられた。146センチ。

 ◆親子メダル 三宅宏実が銀メダルを獲得した。父義行は68年メキシコ大会銅メダリストで、史上3組目の親子2代でのメダル獲得となったが、個人種目では日本初。他には塚原親子と相原親子がいる。塚原直也は04年アテネ大会体操団体で金メダル、父光男は76年モントリオール大会団体、鉄棒で金メダルと史上唯一の「親子で金」。92年バルセロナ大会では体操の相原豊が団体総合銅メダルを獲得。父信行は60年ローマ大会の徒手(ゆか)で金。母俊子も64年東京大会の女子団体で銅メダルを獲得している。

 [2012年7月29日8時54分 紙面から]





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