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コラム Nikkan Olympic Column
コーチの流儀 五輪コラム

コーチの流儀

 五輪に向けて日々闘っているのは選手だけではない。スポットライトを浴びるアスリートの背後には、必ず優れた指導者たちがいる。ロンドンの表彰台を目指し、さまざまなアイデアを持ち、独自の工夫を凝らしている。そんなコーチたちの指導哲学に迫る。

冬場の速筋トレで福島を世界へ/北海道ハイテクAC中村宏之監督

09年7月、宙づりになって筋力トレーニングを行う福島。左は北海道ハイテクACの中村監督
09年7月、宙づりになって筋力トレーニングを行う福島。左は北海道ハイテクACの中村監督

 陸上女子の名匠、北海道ハイテクACの中村宏之監督(66)は、極寒の北海道でタブーに挑戦し続け「レッドコード」に代表される独自の練習法を作り上げた。女子100、200メートルの日本記録保持者、福島千里(23)を輩出するなど、世界に通用しないと言われ続けた日本の女子短距離界を世界レベルまで引き上げた指導法に迫った。

 福島らの練習拠点、北海道・恵庭のインドアスタジアムには、天井から赤いひもが4本垂れ下がっている。そのひもに足をかけ、宙づりになって腹筋をする。今でこそ「レッドコード」だと分かる人は多いが、この医療用のリハビリ器具を応用して体幹を鍛えるなどと誰も想像しなかった。今では多くのスポーツ選手が用いているが、最初に導入したのは中村監督だった。

 中村 弱い部分を補い、体のバランスを作るには最適。これはいいと思って使うようになった。以前は宙づりになって腹筋を鍛えるだけだったが、今は選手もいろんな使い方を考え出し、数十種類のトレーニング方法が生まれた。体幹を鍛えるのはもちろん、練習法を工夫することで想像力も生まれるし、楽しんで練習ができる。

 「いつ練習が始まるの?」。冬場に練習見学に訪れた多くの人がこうつぶやく。福島ら選手、中村監督までもがバスケットボールやバドミントンにふけっている。1~2時間ずっと。「きゃー」と声を上げながら、まるで遊んでいるかのような光景が展開される。

 中村 これがウオーミングアップ。練習は楽しくやらなくては意味がない。神経系も肉体も喜ぶ練習をすることが大事。冬こそ瞬発系の筋肉である速筋(速筋線維)を使う運動をすることが必要。バスケなどでトリッキーな動きをすることでいろんな筋肉も刺激し、強化できる。冬場から速い動きをしておけば、シーズンが始まってもいきなり動ける体になる。

 冬場に速筋を鍛えるようになった福島は、08年から3年連続でシーズン最初の大会、4月の織田記念国際を制した。常識外の練習法には確かな裏付けがある。

 中村は北海道で44年間、女子選手を指導してきた。学生時代は3段跳びの選手で、現役を続けながら教員となり、73年に恵庭北高に赴任した。極寒の地での陸上は不利だと言われていたが、その定説と真っ向から向かい合った。

 中村 ダメだと言われたらやりたくなるもの。冬場は練習場所が限られるからいかに効率的に練習するか。廊下での練習から始まり、体育館に畳を並べて跳ばせてたり、バランス感覚を養うために棒高跳びをヒントに物干しざおを持たせて走らせたりね。閉ざされた狭い環境でいかに飽きさせないで練習させるかを常に考えてきた。

 ドラえもんの4次元ポケットも顔負けの豊富なアイデアの下地は、この時代に作られた。監督自身、教員と並行して32歳まで現役だったが、学生時代は指導者がおらず独学だった。

 中村 本読んだりして、ありとあらゆることをやった。雪を圧雪してその上をスパイクで走ったり、高所から飛び降りたり。当然、失敗もあった。無理な練習がたたって腰を痛めて手術して引退したけど、その時のアイデアが今につながっている。工夫こそ速く走るために必要なもの。

 その中村流に福島の才能が化学反応を起こした。全国高校総体で1度も勝てなかったが、高校を卒業後、短距離2種目で日本記録を樹立。2人の出会いは福島が中2の時の北海道大会。足の回転が速く、足と地面の接地時間が短い独特の走りに、未来を見いだした。

 中村 日本は昔からカール・ルイスが出ればまねして、ウサイン・ボルトが出ればまねしてって感じだったけど、もともとDNAが違う。じゃあ、どうすれば筋骨隆々の外国人と対等に戦えるのか? その答えが、パワーではなく福島のような足のスイングの速さ、ピッチ走法だった。

 個性も否定しない。福島は手を広げて走る。他の指導者から指摘されるが、中村監督は何も言わない。

 中村 今まであの走りで速くなった。それなら個性を尊重し、そこを生かすべきだ。否定するより、良さを伸ばすように指導することを大事にしてきた。

 福島のピークは今年のロンドン五輪ではなく、16年リオデジャネイロ五輪、さらにその先にあると言う。

 中村 もちろんロンドンもいい走りができるはずですが、長いスパンで見て、走りの精度をもっと上げていきたい。それができれば、五輪や世界選手権で決勝の舞台に立つのも夢ではないはずだと思っている。【松末守司】

 ◆中村宏之(なかむら・ひろゆき)1945年(昭20)、北海道富良野市生まれ。札幌東高で本格的に陸上を始め、日体大に進学。3段跳びで国体優勝、日本選手権6位。68年に北海道・中標津高教員となり、73年に恵庭北高に赴任、32年間務める。伊藤佳奈恵ら、多くの全国高校総体覇者や入賞者を輩出。現在は日本陸連女子短距離テクニカルスタッフも務める。趣味はお酒。

 ◆中村の育てた主な選手◆選手名,主な実績福島 千里,08年北京五輪100メートル代表北風 沙織,07年世界陸上400メートルリレー代表寺田明日香,08、09、10年日本選手権100メートル障害制覇伊藤佳奈恵,女子100、200メートル元日本記録保持者 

(2012年2月21日付、日刊スポーツ紙面より)

 [2012年7月9日18時30分]



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