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コラム Nikkan Olympic Column
負けない!日本~スポーツ100年~ 五輪コラム

負けない!日本~スポーツ100年~

 金メダルのドラマが感動を生み、日本人を勇気づけた。日本のスポーツを統括する大日本体育協会(現日本体育協会)創立は、101年前の1911年(明44)。日本の五輪参加もロンドン大会で100年となる。逆境をはね返した金メダリストの偉業を振り返る。【編集委員 荻島弘一】

バサロ前に確信していた金/競泳・鈴木大地

21歳、ソウル五輪の鈴木大地
21歳、ソウル五輪の鈴木大地

<1988年ソウル五輪>

 日本水泳界16年ぶりの金メダルは、21歳の鈴木大地によってもたらされた。88年ソウル五輪、大地は男子100メートル背泳ぎで奇跡の逆転優勝を果たした。予選3位、世界新でトップに立ったバーコフ(米国)とは1秒以上の差があった。逆転への秘策はバサロ。スタートからあおむけのまま水中ドルフィンで進む距離を、25メートルから30メートルに伸ばした。慌てたバーコフが失速。大地は「いちかばちか」のかけに勝ち、後半逆転した。

 と、ここまでが常に語られる金メダルストーリー。しかし、同五輪代表で親友でもある田中穂徳は「レース前から勝てると思った」と話し、大地自身も「覚えていない」という24年前の衝撃の事実を明かした。

 田中 招集所に2人でいた。特に話はしなかったけれど、最後にプールへ向かう大地に「頑張って」のつもりで右手を差し出した。ところが、それを握ってきたのは隣にいたバーコフだった。驚いて振り向くと、顔面は真っ青で目はうつろだった。とても、これから戦う選手の表情ではなかった。その瞬間ですね。「勝てる」と思ったのは。

 五輪本番の1カ月前、8月の全米選手権で世界記録をマークしたバーコフは、メンタルの弱さを指摘されてきた。実際に前年のユニバーシアードを含めて、大地は直接対決で負けたことはなかった。たとえ、どんなタイムを出されても、一緒に泳げば負けない自信があった。コーチとして二人三脚で金メダルを目指した鈴木陽二は振り返る。

 鈴木 バーコフが世界記録を出した時のビデオを見ていた時、大地がポツリと言った。「オレ、こいつには負けませんよ」。タイムでは圧倒的に負けている。でも、勝負になれば分からない。実際に「肌を合わせて」泳いだ人間にしか分からない感覚。「大地は大丈夫だ」と思ったね。

 本番に強いタイプと、逆に弱いタイプ。大地は典型的に前者で、バーコフは後者だった。大地には狙ったレースでは必ず結果を出すという驚異的なメンタルの強さがあった。鈴木も「目標が見えてからの集中力はすごい。ゾーンに入っていくのが分かった」と説明した。もちろん、自信の裏付けは不断の努力。当時の監督だった青木剛は言う。

 青木 ソウル入り後も、チーム練習の後に鈴木コーチと大地だけはプールに残った。バサロを伸ばす練習だったのだろう。予選の後「大丈夫か」と聞いたら、大地は「大丈夫です」と平然と答えていた。今と違ってメダル獲得が大きな目標だったころ、あれだけ自信を持てたのは、よほど準備ができていたのだろう。

 実は大地が最も警戒していたのは「後半に強い」ポリャンスキー(ソ連)だった。8月までの世界記録保持者で、直前の200メートル金メダリスト。メンタルも強かった。しかし、その後に風邪をひき、体調を崩していた。鈴木は「それを聞いて、ポリャンスキーも消しだと思った」という。大地は「いちかばちかなんて、うそ。悪くてもメダルはとれると思った」。絶対の自信を持って臨んだのだ。

 11年7月の世界選手権、北島はダーレオーエン(故人)について「彼はメンタルも強いからね」と言い、言葉通りに敗れた。競泳は神経戦だ。レース前から勝負は始まり、そこでのリードをプールで逆転するのは難しい。50メートルの折り返し、大地は体半分差でバーコフを追った。日本中が興奮に包まれる中、田中と鈴木は金メダルを確信していた。(敬称略)

 ◆1988年ソウル五輪競泳男子100メートル背泳ぎ 鈴木大地は午前中の予選を3位で通過した。タイムは55秒90で、世界記録54秒51でトップ通過したバーコフとは1秒39という絶望的な大差だった。午後の決勝に向けて作戦を聞かれた大地は「秘密」と一言。それが25メートルだったバサロスタートを30メートル以上に伸ばすことだった。決勝の50メートルはバーコフ、大地、ポリャンスキーの順。バーコフが失速して、残り5メートルで3人が横一線となった。最後はタッチの差で大地が金メダルを獲得。タイムは自らの日本記録を0秒27更新する55秒05だった。

(2011年8月30日付日刊スポーツ紙面より)

 [2012年7月5日17時26分]



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