負けない!日本~スポーツ100年~
金メダルのドラマが感動を生み、日本人を勇気づけた。日本のスポーツを統括する大日本体育協会(現日本体育協会)創立は、101年前の1911年(明44)。日本の五輪参加もロンドン大会で100年となる。逆境をはね返した金メダリストの偉業を振り返る。【編集委員 荻島弘一】
「練習しない、寝不足になる」非常識調整/重量挙げ・三宅義信
- 重量挙げの三宅義信
<1964年東京五輪>
1964年(昭39)10月10日、東京・国立競技場でアジアで初の五輪が開幕した。参加94カ国の最後に、地元日本選手団が入場。2日後に試合を控える重量挙げフェザー級(リミット60キロ)の三宅義信もいた。9700万国民から金メダルを期待され、選手団に勢いをつけるために日程も大会後半から前半に変更されていた。158センチの小柄なリフターに、大会の成功がかかっていた。しかし、そんな重圧の中でも、三宅は笑顔だった。その裏には常識外れの意外な調整法があった。
三宅 実は開会式と開会式の前日、つまり試合2日前と3日前は一切練習していないんだ。それが自分の調整法。2日間は、はしより重たいものは持たない。そう決めていた。試合前日も、30%くらいの軽い練習だけ。それで、本番に力を出し切る。120%の力を出すための方法だった。
スポーツの世界では「1日休むと、取り戻すのに何日も必要」といわれる。選手にとって、休むことは度胸がいることでもある。金メダルだけが求められる厳しいプレッシャーの中で、練習をしないという選択。支えていたのは、日々の練習に対する自信だった。
三宅 4日前まで何億回も上げている。2日ぐらい練習しなくても大丈夫。大きな試合の前は常にそうだったし、それが一番記録が出るやり方だった。国を挙げてのムードはすごくて、金の重さに不安があったのも確か。でも、絶対にとるという気持ちはあった。
重量挙げを始めて4年で臨んだ60年ローマ五輪。練習では世界記録の345キロを上回る360キロまで上げていたが、本番では力を出し切れず銀メダルだった。今ほどコンディショニングが重視されず、科学的な調整法も確立されていなかった時代。次の東京まで1460日、「試合で力を出すために」と試行錯誤しながら、独自の調整法を編み出した。
三宅 ローマ五輪は緊張で眠れなかった。前日によく寝るためにはどうするかを考えた。結論は2日前に寝不足になること。2日前の夜は、トランプなどして深夜1時、2時まで起きている。試合前夜は、眠くて仕方ないから寝られるんだ。五輪開会式の夜も、遅くまで起きていたね。
常識からは遠い調整方法だけに、周囲の声も厳しかった。それでも、経験にもとづいた「三宅流」を貫き通した。ロンドン五輪日本代表監督の稲垣英二は、その調整法に舌を巻く。
稲垣 試合2週間前くらいからの調整期間の中で完全休養日をとることはあるけれど、直前に2日も休むのは考えられない。寝ないというのもねえ。でも、三宅さんのすごいところは、それで結果を出したこと。重量挙げでは、時に常識を超えた刺激を筋肉に与えることも必要とされる。三宅さんは、自然とそれをやっていたのかもしれない。
調整だけでなく、練習法も独自だった。「野性的な力が必要」と、木登り、田植え、穴掘り…。「精神面が重要」と、山にこもって座禅し、滝に打たれた。宮城県柴田郡の農家で7人兄弟の三男として生まれ、子どものころから新聞配達と農作業で鍛えられた。両親の反対を押し切って進んだ法大ではアルバイトをしながら競技を続けた。
三宅 すべてが重量挙げのため。バルブ工場では100キロあるバルブを持ち、保線区では重たいツルハシで線路の補修をした。アイススケートの指導でバランス感覚を養ったし、後楽園の売り子は足腰の鍛錬に役立った。お金がなかったからね。だからこそ、ハングリー精神はあったんだ。
「三宅流」を貫き、ローマから4大会連続で五輪出場、金メダル2個と銀メダル1個を獲得した。世界新記録は27回も出した。自分を信じて、自分のやり方を守ったからこそ「世界一の力持ち」は生まれた。(敬称略)
◆64年東京五輪重量挙げフェザー級 競技2日目の10月12日、東京・渋谷公会堂で行われた。三宅は最初のプレスで122・5キロの五輪新を挙げ、続くスナッチも122・5キロの五輪新記録。2種目計245キロで単独トップに立った。最後のジャークは1回目に145キロを挙げ、計390キロの世界新で金メダルを確実にした。その後も155キロ、157・5キロと挙げ、世界記録を397・5キロまで更新して金メダルに花を添えた。三宅は続くメキシコ五輪も金メダル。弟の義行が銅メダルを獲得し、兄弟で表彰台に立った。
(2011年9月13日付日刊スポーツ紙面より)
[2012年7月7日17時6分]
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