負けない!日本~スポーツ100年~
金メダルのドラマが感動を生み、日本人を勇気づけた。日本のスポーツを統括する大日本体育協会(現日本体育協会)創立は、101年前の1911年(明44)。日本の五輪参加もロンドン大会で100年となる。逆境をはね返した金メダリストの偉業を振り返る。【編集委員 荻島弘一】
O脚、猫背…だからこその美技/体操・加藤沢男
<1968年メキシコ、72年ミュンヘン、76年モントリオール五輪>
加藤沢男。60~70年代に圧倒的な強さを見せた体操ニッポンのエースとして68年メキシコから3大会連続で団体総合優勝し、68、72年大会では個人総合を連覇した。五輪で獲得した金メダルは実に8個。「世界一美しい」と称賛された演技は「体操の教科書」とまで言われた。しかし、その美しさの秘密は、驚くほど意外なところにあった。
加藤 実はO脚が悩みでね。体操は、足がピタリとそろわないとダメ。きゃしゃ(162センチ、58キロ)だし、スタイルも良くない。足がスラリとして生まれた人がうらやましかったなあ。
日本人に多いといわれるO脚は、体操選手にとって致命的だ。演技の基本と言われる倒立は、両足が足先までピタリと合わないと得点は出ない。ひざが曲がっていたり、両ひざが付いていないと減点になる。
加藤 みんな、ひざには苦しんでいたなあ。相原さん(信行=ローマ五輪床、団体金)は、タイツの両ひざの内側にパットを入れたり、前の部分の折り目をXのように内側に曲げたり。足をまっすぐに見せるために、工夫をしていた。ハンディがあるから、やらなくていい努力が必要だった。
加藤のO脚克服は、想像を絶するものだった。伸ばした状態では両ひざは付かないが、通常とは逆の方向に曲げて内側に絞るようにして付ける。倒立を横から見ると、足がしなったような曲線になる。これが、高得点の源にもなった。
加藤 ひざは伸ばした状態が限界ではなく、少し余裕があるもの。無理に曲げるけど、やる気になればできる。ただ、完全に足を固めてしまうから、鉄棒の車輪なんかの時はひざで勢いをつけられず上半身で回る感じ。大学(東京教育大=現筑波大)に入ってから、人の3倍は練習しましたね。
両足を固めるのだから、ひざが割れる(隙間ができる)こともない。常にピンと伸びた状態。派手な新技を連発したわけでも、パワーやスピードが圧倒的だったわけでもない。それでも得点が出たのは、誰にもまねることのできない姿勢の美しさがあったからだ。さらに、もう1つ。「美しさ」の秘密を明かした。
加藤 生まれつき背中が丸くて。油断すると、すぐに丸まる。遠藤さん(幸雄=元五輪個人総合王者)からは「背中、伸ばせえ」と何度も言われた。大学の後輩の女の子から言われたのは「あこがれだったのに、練習を見に行ったら背中は丸いしO脚だし。え~、あれが加藤さんなの?」って。普段はそんなですよ。
もともと姿勢が良くなかったからこそ、演技では人一倍気を使った。常に意識して背筋を伸ばした。自然と足先まできれいになった。もちろん、審判に見せるために工夫もした。どう美しく見せるか。クラシックバレエにも挑んだ。
加藤 美しさっていうのは、国によっても時代によっても違う。以前は刀のように「しなった」倒立が評価された。でも、これは日本の感覚。今、欧州では真っすぐがいいと言われる。味気ないですけどね。
美しさを求めたため、O脚矯正の姿勢など体に負荷をかけることもあった。ケガも多かった。腰椎(ようつい)分離症、右アキレスけん断裂、左上腕二頭筋切断、右肩脱臼、両足首捻挫-。五輪でメダル計12個も獲得しているのに、世界選手権では金1つだけ。
加藤 世界選手権は意図的に休んでいるとも言われたけど、出られなかっただけ。でも、ケガは大変ではなかった。体操は足や手だけじゃない。アキレスけんを切った時は、医者の目を盗んで屋上で倒立の練習。重たいギプスをしているから難しいけど、退院した時は腕は強くなっていた。
O脚も猫背も、そしてケガも。ハンディを工夫と努力によって克服したからこそ、加藤は金メダルを8個もとれた。気になるのは、今メダルのある場所。金、銀、銅各1個が出身地の新潟・五泉市の資料館に、金1個が母校新潟南高図書館に、残りは手元にある。
加藤 困っていてねえ。隠しても仕方ないし、見せびらかすものでもないし。売っても足がつくだろうし(笑い)、もともと金銭価値はないですよ。金も4グラムか5グラム。ただ、4年という長いスパンで世界中の若い連中が発散するエネルギーの象徴かなと。
今、国際体操連盟(FIG)の競技副委員長。世界の体操界の中枢にいる。今後の体操界がどうあるべきか、何を求めるべきか。もちろん「より美しく」の考えは今も生きている。(敬称略)
◆加藤沢男(かとう・さわお)1946年(昭21)10月11日、新潟県生まれ。新潟南高から東京教育大(現筑波大)に進み、同4年の68年から3大会連続五輪出場。金8、銀3、銅1個を獲得した。現在は白鴎大教授で、国際体操連盟(FIG)技術副委員長。
◆五輪金メダル最多獲得者 競泳のマイケル・フェルプス(米国)が歴代最多で14個。04年アテネで6個を獲得し、08年北京で8個とった。9個が4人で56~64年大会のラリサ・ラチニナ(ソ連=体操)20~28年大会のパーボ・ヌルミ(フィンランド=陸上)68、72年大会のマーク・スピッツ(米国=競泳)84~96年大会のカール・ルイス(米国=陸上)。加藤は金メダル数6位タイとなる。複数獲得者は競泳、陸上短距離、体操が圧倒的に多い。
◆日本人選手五輪メダル獲得ランク(金3個以上)
(1)加藤沢男(体操)金8銀3銅1計12
(2)中山彰規(体操)金6銀2銅2計10
(3)小野 喬(体操)金5銀4銅4計13
(4)遠藤幸雄(体操)金5銀2銅0計7
(5)塚原光男(体操)金5銀1銅3計9
(6)北島康介(競泳)金4銀0銅2計6
(7)監物永三(体操)金3銀3銅3計9
(8)野村忠宏(柔道)金3銀0銅0計3
(2011年11月1日付日刊スポーツ紙面より)
[2012年7月13日14時48分]
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