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コラム Nikkan Olympic Column
秘技解剖~五輪メダル候補に迫る~ 五輪コラム

秘技解剖~五輪メダル候補に迫る~

 人とは違う「武器」が、メダル獲得への切り札になる。「五輪メダル候補に迫る 秘技解剖」では、選手の必殺技や秘密兵器を紹介していく。

世界一の親指/女子バレー・竹下佳江

トスを上げるJTマーヴェラスの竹下佳江
トスを上げるJTマーヴェラスの竹下佳江

 バレーボール女子日本代表が、ロンドン五輪出場へ向けて順調なスタートを切った。「火の鳥ニッポン」が世界に誇る武器は、セッターとして巧みに攻撃を演出する竹下佳江(34=JT)だ。バレー選手としては身長が低い159センチでも、的確なバックトスを中心に「世界最強セッター」と言われる。世界一の司令塔は、どうやって生まれたのか。2人の恩師に聞いてみた。【取材・構成 近間康隆】

 ダイヤは原石が輝いていた。今から20年前、福岡・不知火女子(現誠修)高のバレーボール部監督だった木屋和成氏(60=現八女学院中高バレー部顧問)は、ある中学生に驚いた。「力強いバックトスをする子がいた。それが竹下でした。乱れたサーブに懸命に走り込んで、常に逆サイドへ上げようとする。今みたいにエビ反りできれいな形じゃなかったけど、必然的に相手のブロックをかわしていましたね」。

 華麗で意地の見えるセッターは、翌93年の春に木屋氏の教え子となった。中学と高校はボールの大きさが違う。ネットも9センチ高くなった。学生時代セッターだった木屋氏は、英才教育を施していった。

 木屋氏は、竹下の武器を「手首」と分析する。手の大きさや指の長さは平均的。自在に扱えるのは、手首の柔らかさと強さがあるからと言う。「セッターは相手をいかにだますか。手首の中にボールを収めること。膝や足首を使って下半身のためを作り、ボールを上げること。ギリギリまでボールを持つ意識を第一にしましたね」。今でもコンマ何秒の差で世界の強豪を惑わす。

 根性があった。何度も何度も同じことを繰り返す練習でも「こっちが根負けするんです」。同時にセッター論も注入した。「セッターは(他の)5人が背中を見てるんだ」。普段は強気。自分にも厳しく、チームメートにも容赦なかった。でも木屋氏は「ことトスに関しては打て、じゃなくて、打ってください、の思いが込められている。今はブロックをかわす“ため”が一流です」と目を細める。

 竹下は96年にNECへ進んだ。97年には代表初選出。だが、00年シドニー五輪予選で五輪切符を逃すと「小さいセッターは世界に通用しない」と矛先を向けられた。責任を背負い、02年4月には故郷へ戻った。

 そんな24歳を説得したのが当時2部リーグだったJTの一柳昇監督(60=現環太平洋大監督)だった。「素晴らしい身体能力があるのに、もったいない。159センチは弱点かもしれないけど、大きな武器にもなりますから」。ハローワークに通っていた竹下は同年8月、コートに戻った。

 ブランクを埋める猛練習が始まった。通常練習のあと、一柳氏は500球、2時間近く竹下にボールを投げ続けた。「竹下は腰が入ったトスができる。動物的に膝を曲げてボールに入れるから、強いボールを送れるんです」。前後左右に振られるボールに悲鳴を上げながら、竹下はコートの2メートル外を目標にオーバーハンドだけでトスし続けた。

 竹下はポイントを「親指」だと言う。その点は一柳氏も「彼女の鍵はバックトス。普通トスは両手の親指と人さし指、4本の指をうまく使って上げますが、バックトスは特に親指で引っ掛けるようにして出します。力じゃなくタイミングですね」。05年まで続いた自主練習で進化した。世界一の強くて速いトスが、竹下の体に染み込んだ。

 竹下のトスは、多くのアタッカーが「ボールが止まる感じ」と表現する。「最低5つの世界一を持って金メダルを狙う」という代表の真鍋監督も「竹下は世界一」と数えている。栄光と挫折を乗り越えて目指す3度目の五輪。日本の司令塔が放つ1球1球には、心と技が詰め込まれている。

 ◆竹下佳江(たけした・よしえ)1978年(昭53)3月18日、北九州市生まれ。小3からバレーを始め、福岡・不知火女子(現誠修)高では95年世界ユース優勝。96年にNEC入り。02年8月からJT所属。五輪は04年アテネ大会5位、08年北京大会は主将で5位。06年世界選手権MVP。昨年のW杯でもベストセッター賞。愛称はテン。159センチ、53キロ。

 [2012年7月5日16時58分]



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