小さいから飛べた/ディーン元気
- 6月16日、日本陸上競技選手権大会のやり投げで優勝したディーン元気
日本陸上界に現れた新星、男子やり投げのディーン元気(20=早大3年)。昨季まで自己ベスト79メートル20だった若者は、今季いきなり5メートル以上も記録(84メートル28)を伸ばした。その投てきの特徴は、投げ終えた直後に体が宙を舞う「エアD」。本場フィンランドのコーチも認めるテクニックだ。ディーンが恩師と慕う日本陸連投てき副部長の田内健二氏(36=中京大専任講師)が、「空飛ぶ男」の極意について解説した。
素早い助走から右手をテークバックし、腕をむちのようにしならせて投げる。その瞬間、エネルギーの爆発により、体はホップするように宙を舞う。テニスの錦織圭が「エアK」なら、「エアD」だ。この躍動感あふれる投てきこそ、ディーンの代名詞だ。例えば村上幸史の場合、しっかり体を立たせ、剛腕を振るう。決して倒れ込まない。同レベルにある両者だが、その投げ方は違う。
田内氏 簡単に言えば、村上は手を自分で振りにいって、腕を回す投げ方。ディーンは体全体で、うまく地面反力を生かして投げる。村上は力で、ディーンはバネで投げる。タイプで言えば、そんな感じです。
ダイブありきではない。最初から体を飛ばす動作となれば、エネルギーはやりに伝わり切らずに分散する。むしろマイナスなのだ。
田内氏 うまく左足が最後のところでボンと(地面に)着くと、結果として体が吹っ飛んでしまう。いい時のバロメーターというか。全エネルギーを(やりに)伝え切れば止まるんですけど、基本そういうことはあり得ない。いい動きの結果、そこに力が残っちゃう。いいところでブロックをつくると、体が勝手に起き上がるんです。
助走は前へ向かうエネルギーを生み出す。それに対し、しっかり投げるためには、左足を接地して「壁」をつくる動作が重要になる。この相反する力の激突。波が岩壁にぶつかれば、波は水しぶきとなり、高く舞い上がる。「東映映画」のオープニングに、ディーンの投てき姿が重なった。
大型選手が目立つやり投げ界にあって、ディーンは小柄な部類に入る。村上が身長187センチ、体重97キロなのに対し、ディーンは182センチ、88キロ。“小男”が世界の牙城を崩すには、人一倍のテクニックが必要だ。やりの飛距離は、リリース時の初速でほぼ決まる。大まかに言えば、秒速28メートル以上なら飛距離80メートル、29メートル以上なら85メートル、30メートル以上なら90メートル、が1つの目安だろう。その初速を高めるため、助走に磨きをかけてきた。
兵庫・市尼崎高卒業後、田内氏が当時コーチを務めた早大に進学。ディーンはそれまでの上半身から、下半身主導の投げ方を習得した。そして転機となったのは今年2月、やり投げ大国フィンランドの合宿に参加したことだった。ここで助走のクロス(横向きのステップ走)が変わった。
田内氏 最後の右、左の(着地の)タイミングが速くなったのはフィンランドから。まず助走速度が上がっている。左肩が開くのを抑えたいんですけど、それが少し左足を早く着けることによって抑えられ、左足が着いてから肩が回ってる。そんな動作に変わった。
そのやりを放つ直前の動作が「ラストクロス」だ。反動を生む上半身のねじり、助走速度を下げずに行う最後の主動作は、わずか0・4秒。左肩が開く前に左足をいち早く接地することで、やりを持つ右手後方に大きな反発力がかかる。それによって腕を振る速さが増す、という物理の法則だ。フィンランド代表コーチも「パーフェクト」とうなる技術。世界と戦うための工夫がそこにあった。
そしてもう1つ。右腕のしなり、である。
田内氏 彼は僕らができないくらい腕がしなる。よく腕が振れるんですね。そこが一番の持ち味。当然、筋力もあるでしょうし、感覚、柔軟性、靱帯(じんたい)、腱(けん)の強さとか、普通ならケガしてしまうところでもやれてしまう。だから彼はすごい。
ターンテーブルを回すほどの音楽好き。くしくもポップスの都、ロンドンが五輪の舞台だ。ここは拍手のリズムに乗って、ディーンが宙を舞う。ポップな「エアD」に注目だ。【佐藤隆志】
◆やり投げは日本人向き 投てき種目の中でも、やり投げは日本人選手が上位に食い込む余地が大きい。やりの重量は男子800グラム(女子600グラム)と軽いため、筋力そのものよりも、助走も含め、投げる技術とセンスが重視されるからだ。田内氏は「競技として違う。だから投てきの中では際立って、日本選手でも通用する。軽いし、(助走でも)走れる」と言う。なお、やりの長さは男子2・6メートル~2・7メートル、女子は2・2メートル~2・3メートル。
[2012年7月17日16時33分]
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