長いリーチでゴムゴムのタックル/レスリング・米満達弘
- ロンドン五輪レスリング男子フリー66キロ級代表、米満達弘の最大の武器は手の長さ。身長168センチに対し、両手を広げると186センチもある(撮影・宇治久裕)
第1回はロンドン五輪レスリング男子フリー66キロ級代表で、昨年世界選手権銀の米満達弘(25=自衛隊)。身長より18センチも長い186センチのリーチから繰り出すタックルが必殺技。漫画「ONE PIECE」(ワンピース)主人公ルフィのように腕が伸びる「ゴムゴムのタックル」で、男子レスリング24年ぶりの金メダルに挑む。【取材・構成 今村健人、荻島弘一】
腕が、伸びる。米満と対戦した相手は、誰もがそう感じた。届くはずがない距離を保っているのに、タックルを決められる。「レスリングを始めてから、周りが言うんです。体も柔らかいので『お前、ゴムゴムの実を食べたんじゃないか』って」。漫画「ONE PIECE」の主人公で「ゴムゴムの実」を食べてゴム人間となったルフィは、全身を自在に伸縮させられる。そう例えられるほど、米満の腕は、おかしかった。
そこで初めて、指先から指先までの長さをきちんと計測した。示した数値は186センチ。通常リーチは身長とほぼ同じといわれ、プラス10センチで長いとされる。だが米満は、168センチの身長を18センチも上回った。
「おかげでタックルが届きやすいです。同じ階級同士なら、この距離でタックルを防げると感覚的に分かる。でも、自分はそれでも届くんです。相手は1、2階級上の選手と対戦している感覚になるみたい。今は相手も警戒してさらに距離を取りますが、その分、タックルを取られにくい。相手は、自分の少しの動作にも敏感に反応するので、神経を疲れさせることもできる。レスリングをするのに、恵まれた体です」
腕の長さは、高校でレスリングを始めて気づいた。だが、本格的に意識したのは自衛隊の「式」だった。支給された制服に腕を通して臨むと、上官に「お前、誰の制服を借りたんだ」と怒られた。「自分のです」と釈明したが、採寸を合わせてつくった白いワイシャツが際立つほど袖丈が短かった。“問題”になった。「学生服のときそこまで気にならなかったんですが、自衛隊に入って気づかされました」。制服は、特注でつくり直してもらった。
小学校時代はスポーツは皆無。その代わり、遊具でよく遊んだ。ぶら下がりながら手を伸ばして移動する雲梯(うんてい)が好きで、人より多い3段抜かしをよくやった。身長を伸ばしたくて、暇さえあれば高鉄棒にもぶら下がった。「その影響があるのかも」。と本人は言うが、「ONE PIECE」で悪魔の実を食べた海賊たちのように、米満もカナヅチで「まったく泳げないんです」。やっぱり、ゴム人間なのか…。
五輪で過去20個の金メダルを獲得してきた男子レスリング19人には、いずれも「必殺技」があった。米満もこの武器で、88年ソウル五輪以来24年ぶりの頂点に立つと、堂々と宣言する。「目標はデカイ方が良い。逃げ道はつくりたくない。レスリング王に、オレはなります」。米満スペシャル「ゴムゴムのタックル」が、金メダルにまで伸びる。
◆リーチの長さ 欧米人に比べて一般的に手足が短い日本人の場合、リーチは身長と同じぐらいといわれる。プラス10センチあれば、長い方。ボクシング元WBC世界フライ級王者の内藤大助はプラス11センチ、現WBC世界スーパーフライ級王者の佐藤洋太はプラス8センチ。トーマス・ハーンズ(米国)は185センチの身長に対して198センチと、プラス13センチのリーチで5階級制覇を成し遂げた。
◆米満達弘(よねみつ・たつひろ)1986年(昭61)8月5日、山梨県富士吉田市生まれ。中学時代に柔道で県大会を制し、韮崎工高でレスリング転向。高校時代はグレコで国体優勝、フリーは全国総体2位が最高。08年全日本選手権初優勝。09年に自衛隊入隊。世界選手権は09年銅、11年銀。ブルース・リーを尊敬し、一発芸は少林寺拳法。家族は両親と兄、双子の弟。168センチ。
◆ONE PIECE(ワンピース) 尾田栄一郎氏が97年から「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載している人気漫画。伝説の海賊王G・ロジャーの遺した「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を巡り海賊たちが戦い争う中、主人公モンキー・D・ルフィが仲間たちと海賊王を目指す冒険物語。食べると泳げなくなる代わりに特殊能力が身につく「悪魔の実」があり、「ゴムゴムの実」を食べたルフィの体はゴムのように伸び縮みする。技は「ゴムゴムの○○」で「海賊王になる」が口癖。単行本は66巻まで刊行され、累計部数2億6000万部以上。
▼レス歴代王者の必殺技
◆またさき 56年大会の笹原正三は独自のレッグシザースを開発。世界の強豪が試合中に「やめてくれ」と懇願した技に、自ら「またさき」と命名。
◆すり抜けタックル 64年大会の吉田義勝が開発。パワーはなかったが、抜群のタイミングで脇をすり抜け、長い手でタックルを決めた。
◆飛行機投げ 64、68年大会で連覇を果たした上武洋次郎の大技。肩の上に担ぎ上げた相手を投げ、そのままフォールを狙った。
◆タックル返し 68年大会の金子正明は相手の技を返す「後の先」の天才。カウンターの強さで「積極性がない」という批判を封じた。
◆小林スペシャル 88年大会の小林孝至が出した大技。驚異的な脚力とセンスの良さを生かし、変則的に相手の動きを封じてそのまま投げた。
◆アンクルホールド 88年大会を制した佐藤満が得意とした足首を固めてローリングする大技。大量得点を許すため、世界に恐れられた。
(2012年5月8日付日刊スポーツ紙面より)
[2012年6月27日17時11分 紙面から]
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