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上野姉妹メダル 順恵の銅/柔道

3位決定戦でモンゴル選手(右)を攻める上野(共同)
3位決定戦でモンゴル選手(右)を攻める上野(共同)

<ロンドン五輪:柔道>◇7月31日◇女子63キロ級

 姉妹メダルだ! 柔道女子63キロ級の上野順恵(29=三井住友海上)が銅メダルを獲得した。3位決定戦でムンフザヤ・ツェデブスレン(モンゴル)と対戦し、相手に指導2つが与えられて優勢勝ち。日本史上初の姉妹金メダルこそ逃したが、敗者復活から勝ち抜いた。

 畳を下りると、自然と涙がこぼれた。初めての五輪が終わった。悔しさがこみ上げ、抑えきれなかった。「金メダルを目指してきたので悔しいです」。上野は乾いた笑顔で振り返った。

 夢にまで見た五輪。4年前にたどりつけなかった舞台。思いが強すぎた。2回戦で、クロアチア選手が死にものぐるいで来る姿を見て、構えてしまった。負のリズムを引きずり、続く準々決勝では丁ダウン(韓国)になすすべなく敗れた。「勝ちたいより負けたくないというのが出ていた」と園田監督。精彩を欠いた。

 それでも自分を奮い立たせた。それは姉の言葉だった。「メダルを取ると取らないとでは全然違う。強気で頑張れ」。北京で5試合中4試合で一本勝ちした姉のように、鮮やかな一本は取れない。でも、食らいついた。最後は指導2つによる優勢勝ち。「終わってみれば楽しかったです」。銅メダルを場内にかざした。

 姉と挑んだ五輪だった。10年2月。引退し、犬のトリミング学校に通っていた雅恵さんが言った。「私にできること、あるかな?」。上野は「うん」とほほ笑んだ。「自分から言いたくても言えなかったんです」。五輪へ、二人三脚が始まった。「犬の方が利口だよ」と怒られることもある。それも心地よかった。

 本当は4年前に同時出場を目指していた。08年4月の北京五輪代表選考会。上野は優勝したが、代表になれなかった。焼き肉店での慰労会。姉だけが選ばれる結果に、母和香子さんは泣き崩れ、父法美さんも「やけ酒です」。場の空気を察した上野は「来年の世界選手権を目指す」とだけ宣言した。ロンドンは頭になかった。だが、北京で雅恵さんの優勝を見て腹が決まった。「ロンドンを目指す」。姉が、動かしてくれた。

 おてんばな姉と違い、スカートを好み、危ないこともしない。柔道のセンスはない。それを努力で補った。小学時代、姉妹3人で旭川の自宅から隣町の道場まで5キロ以上も走った。雨も雪も関係ない。順恵だけ、トラックのタイヤを朝6時から引っ張った。電柱に布団を巻き、チューブで打ち込みもした。和香子さんは「順恵を見て、素質やセンスは関係ないと思った」。

 日本初の姉妹金メダルはならなかった。だが「そう呼ばれるのは誇り」という「雅恵の妹」は、最後まで戦い抜いた。「(姉妹が)身近にいてくれて一番恵まれた環境だった」と、深く感謝した。【今村健人】

 [2012年8月1日9時6分 紙面から]



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