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内村「リオも」日本人2人目金金に挑戦

男子個人総合で優勝した内村は、表彰式で金メダルを感慨深げに見つめる
男子個人総合で優勝した内村は、表彰式で金メダルを感慨深げに見つめる

 【ロンドン=2日】体操男子で日本人初の五輪、世界選手権個人総合2冠を達成した内村航平(23=コナミ)が、16年リオデジャネイロ五輪までの現役続行を宣言した。1日の個人総合決勝で内村は合計92・690点で自身初の金メダルを獲得。日本選手では84年ロサンゼルス五輪の具志堅幸司以来28年ぶり4人目の快挙となった。リオでは、68年メキシコ、72年ミュンヘン大会を制した加藤沢男以来の五輪個人総合連覇に挑む。

 金メダル1つに満足などしていられない。無限の可能性に向け、モンスター内村がリオへの続行宣言だ。「どこまでできるか分からないが、できる限り自分の限界に挑戦したい。その中にリオもある」。目指すは団体総合の雪辱と、個人総合の連覇だ。

 昨年12月。内村の頭に、リオのことなどなかった。引退の時期を決めたわけではないが「次の五輪は考えられない。別に何がやりたいというわけでもないけど」と、ロンドンが最後と示唆したこともある。母周子さんも「これが最後の五輪だと思っている」と、観客席から声援を送っていた。

 表彰式で上がる日の丸を、内村は無心で眺めていた。五輪で初めて聞く自分への君が代に、プレッシャーは感じないと豪語する超人も、さすがに胸を打たれた。「夢のよう。最高だな」。必死で声をからした母に、感謝の意味を込め、手を振り続けた。

 個人総合は、08年11月の全日本選手権以来、21連勝。あん馬でスタートするのは、北京五輪後初めてだった。団体総合決勝では降り技でバランスを崩し、得点を巡って審議に持ち込んだ因縁の種目だ。「しっかりとやり切れば、最後まで流れに乗って行ける」。その気持ちどおりに、見事な演技で最高の滑り出し。前半3種目が終わって首位に立つと、そのまま独走で逃げ切った。

 前日の練習中、森泉貴博コーチが「ちょっといいか」と、床運動のフロアの上で内村を呼んだ。「今回ばかりは、団体の悔しさや仲間のことも考えて、勝ちにこだわる試合をしよう」と提案。予定されていた演技構成から、平行棒ではE難度の屈伸ベーレ、鉄棒ではF難度のコールマンを抜くことをアドバイスした。

 内村は「考えさせてください」と、一瞬、ちゅうちょしたという。「自分らしくない。今までこだわってきた」。これまで、難しい技を、どれだけ正確に美しく演技できるかだけを考えてきた。しかし、この日の朝には「抜いて(演技を)しようと決めてました」と腹をくくった。初めて内村が勝負を優先させた。

 そこには、山室光史の存在があった。同じ年の2人が最初に出会ったのは、高校2年の関東大会だ。「初めて会ったときから仲良くなれそうだと感じた」。日体大受験の前日には、茨城が実家の山室が、都内の内村の下宿先に泊まった。

 その親友と、ロンドンでともに表彰台に上がろうと約束した。しかし、個人総合決勝進出を決めていた山室は、団体総合決勝で左足甲を骨折。欠場を余儀なくされた。同室で寝ている山室の背中に「お前の分も頑張るからな」と誓った。どうしても、金メダルを持って帰りたかった。

 切望していた団体総合の金メダルを逃した。この日の個人総合も金メダルだが、演技構成を変更。難度を落としての金に「今日の金メダルはもう過去のことですから。今日からまた始まるんです」。リオへ。日本が生んだ歴代最高の王者が、次の4年間で、最高の夢を見せてくれるに違いない。【吉松忠弘】

 [2012年8月3日8時47分 紙面から]



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