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16位も…最後は理恵スマイル/体操

伸びやかな田中の床運動(共同)
伸びやかな田中の床運動(共同)

<ロンドン五輪:体操>◇2日(日本時間3日)◇女子個人総合決勝

 理恵が最初で最後の五輪を終えた。24人で争う体操の女子個人総合決勝は、ノースグリニッジ・アリーナで行われ、日本女子の主将で初出場の田中理恵(25=日体大研究員)は16位だった。最初の種目の床運動で19位と出遅れ2種目目の跳馬も着地をミスしたが、後半は「すべてを出し切りたい」と話していたように全力の演技で順位を上げた。

 スタートの床運動で田中はピンクパンサーと007のテーマ曲に乗って演技した。団体総合決勝ではひねりが足りず、ラインオーバーするなどチームの足を引っ張った種目。「個人では笑顔でやりたい」と話していが、再びラインオーバーして、13・266で19位と出遅れた。2種目目の跳馬でも着地が乱れたが、最後まで粘り強く演じた。

 数年前を考えると五輪の舞台に立っていること自体が信じられなかった。10年に日体大を卒業する前は、地元の和歌山に帰り、教員への道を決めていた。しかし、09年夏のユニバーシアードで総合大会の楽しさを知った。「できれば五輪を目指したい」と方針転換。「25歳まで体操を続けてきて良かった」と話した。

 和歌山北高時代に、弟佑典に付けられたニックネームが「世界一練習しない体操選手」。左足首の遊離軟骨の痛みで、ほとんど練習ができなかった。転機は日体大2年。左足首の手術を受けて、十分な練習が積めるようになった。成績も上昇。「練習はウソをつかない」。その身上がロンドンにつながった。

 11月の全日本種目別などには出場予定だが、「25歳では絶対にやめる」と4年前から決めていた。その言葉を胸に、体操界が生んだヒロインは、最初で最後の五輪を笑顔で舞った。【吉松忠弘】

 [2012年8月3日8時49分 紙面から]



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