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コラム Nikkan Olympic Column
負けない!日本~スポーツ100年~ 五輪コラム

負けない!日本~スポーツ100年~

 金メダルのドラマが感動を生み、日本人を勇気づけた。日本のスポーツを統括する大日本体育協会(現日本体育協会)創立は、101年前の1911年(明44)。日本の五輪参加もロンドン大会で100年となる。逆境をはね返した金メダリストの偉業を振り返る。【編集委員 荻島弘一】

記事一覧

運動オンチ…猛練習で日本悲願/柔道・上村春樹

[20日13:28]

<1976年モントリオール五輪>  日本柔道界の悲願を達成したのは、174センチ、104キロの上村春樹だった。76年モントリオール大会、無差別級金メダル。東京大会の神永昭夫、ミュンヘン大会の篠巻政利…[全文へ]

おかゆから学んだリーダーとは/レスリング・吉田義勝

[19日14:18]

<1964年東京五輪>  金メダルを紛失したレスラーは、小林孝至だけではない。同じ日大レスリング部の吉田義勝。64年東京大会フリー・フライ級(52キロ以下)の優勝者だ。65年3月、卒業式の両国・日大…[全文へ]

下の毛剃ってまで狙ったロス/レスリング・小林孝至

[18日14:20]

<1988年ソウル五輪>  これまでの五輪で24個の金メダルを獲得している日本レスリング。その中で、最も知名度の高い男子選手は小林孝至かもしれない。88年ソウル大会フリー48キロ級優勝。顔と名前は、…[全文へ]

78キロで無差別級の全日本制覇/柔道・岡野功

[17日16:29]

<1964年東京五輪>  柔道が五輪競技となった64年東京大会、20歳の岡野功は中量級で金メダルを獲得した。これが「昭和の三四郎」誕生のきっかけだった。多くの選手にとって五輪はゴールだが、岡野は違っ…[全文へ]

世界を震撼させた「またさき」/レスリング笹原正三

[16日16:14]

<1956年メルボルン五輪>  56年メルボルン大会、笹原正三(82)は圧倒的な力で金メダルに輝いた。レスリングのフリー・フェザー級、最大の武器は相手の背後から片方の足を決め、上半身をねじるようにし…[全文へ]

欧州まねて生まれた体操ニッポン/体操・小野喬

[15日00:52]

<1952年ヘルシンキから4大会>  12年ロンドン五輪でメダル量産が期待される日本体操陣。その先駆者となったのが小野喬だ。4大会で金5銀4銅4、計13個のメダル獲得は、日本人最多。特に鉄棒は得意で…[全文へ]

バイクで磨いたバランス感覚/レスリング・高田裕司

[14日14:04]

<1976年モントリオール五輪>  高田裕司は「天才レスラー」と呼ばれてきた。76年モントリオール五輪フリー52キロ級金メダルなど、世界王者5回。73年から78年にかけて国内外無敵の「88連勝」も記…[全文へ]

O脚、猫背…だからこその美技/体操・加藤沢男

[13日14:48]

<1968年メキシコ、72年ミュンヘン、76年モントリオール五輪>  加藤沢男。60~70年代に圧倒的な強さを見せた体操ニッポンのエースとして68年メキシコから3大会連続で団体総合優勝し、68、72…[全文へ]

五輪代表奪った先輩に指導され成就/レスリング・佐藤満

[12日14:05]

<1988年ソウル>  過去24個と、柔道、体操に次ぐ金メダル数を誇るレスリング。女子はロンドン大会での量産が期待されるが、男子は88年ソウル大会を最後に金メダルから遠ざかっている。最後の男子金メダ…[全文へ]

「かえる跳びパンチ」元祖だった/ボクシング・桜井孝雄

[11日12:46]

<1964年東京五輪>  ロンドン五輪前年のボクシング世界選手権で東洋大職員の村田諒太が銀メダルを獲得した。世界選手権では過去最高だが、五輪ではただ1人だけ金メダルをとった選手がいる。64年東京大会…[全文へ]

「新宿コマ」で学んだ演技力/体操・具志堅幸司

[10日13:47]

<1984年ロサンゼルス五輪>  体操ニッポンを守ったのは、具志堅幸司だった。84年ロサンゼルス五輪男子個人総合で金メダルを獲得。遠藤幸雄、加藤沢男に次ぐ日本人3人目の王者誕生のカギは「新宿コマ劇場…[全文へ]

肩負傷 棄権拒否「ゴキッ!!」から連覇/レスリング上武洋次郎

[9日18:49]

<1964年東京、1968年メキシコ五輪>  日本の「お家芸」といわれるレスリングで、男子の金メダリストは19人を数える。その中で、唯一五輪連覇を果たしたのがフリースタイル・バンタム級(57キロ以下…[全文へ]

「代表辞退直訴」一転「監督を男に」/柔道・斉藤仁

[8日19:08]

<1988年ソウル五輪>  1988年ソウル五輪、日本柔道を守ったのは、当時27歳の斉藤仁だった。異様なまでの韓国への応援と日本へのブーイング、審判の不可解な判定。逆風の中、日本は初日から負け続けた…[全文へ]

「練習しない、寝不足になる」非常識調整/重量挙げ・三宅義信

[7日17:06]

<1964年東京五輪>  1964年(昭39)10月10日、東京・国立競技場でアジアで初の五輪が開幕した。参加94カ国の最後に、地元日本選手団が入場。2日後に試合を控える重量挙げフェザー級(リミット…[全文へ]

「強制送還事件」乗り越え金/レスリング・富山英明

[6日16:37]

<1984年ロサンゼルス五輪>  80年モスクワ五輪、選手たちは日本のボイコットによって4年に1度しかない勝負の場を失った。柔道の山下泰裕、レスリングの高田裕司、マラソンの瀬古利彦…。レスリング57…[全文へ]

バサロ前に確信していた金/競泳・鈴木大地

[5日17:26]

<1988年ソウル五輪>  日本水泳界16年ぶりの金メダルは、21歳の鈴木大地によってもたらされた。88年ソウル五輪、大地は男子100メートル背泳ぎで奇跡の逆転優勝を果たした。予選3位、世界新でトッ…[全文へ]

疑惑採点、監禁乗り越え奇跡の逆転/男子体操団体

[4日17:12]

<76年モントリオール五輪>  「体操ニッポン」が底力を見せた76年モントリオール五輪。男子団体総合は、規定でソ連にリードを許した日本が、奇跡の金メダルに輝いた。ソ連との激烈な争いの裏には、日本の活…[全文へ]

東京銅から8年…マスコミへのリベンジ/男子バレー

[3日19:17]

<1972年ミュンヘン五輪>  72年ミュンヘン五輪、男子バレーボールが金メダルを獲得した。準決勝のブルガリア戦は奇跡的な逆転勝ちだった。日本中が、深夜のテレビ中継に沸いた。森田淳悟の1人時間差、木…[全文へ]

痛めてたのはヒザだけじゃなかった/柔道・古賀稔彦

[1日15:36]

<1992年バルセロナ五輪>  「平成の三四郎」古賀稔彦の金メダル獲得への道は壮絶だった。24歳で迎えた2度目の五輪、92年バルセロナ大会。柔道71キロ級代表の古賀は、78キロ級代表の吉田秀彦とのけ…[全文へ]

運呼ぶ「一日十善」情けは人のためならず/競泳・田口信教

[27日16:52]

<1972年ミュンヘン五輪>  第1回は72年ミュンヘン五輪競泳男子100メートル平泳ぎの田口信教(のぶたか)氏(61=鹿屋体育大教授)。世界一に導いたのは「トイレ掃除」と「詰め将棋」だった。  …[全文へ]



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